本編 僕らは何も知らない

 本編:

【Point1 駅前】


 トゥルルトゥトゥトゥ♪ トゥルルトゥトゥトゥ♪


 僕たちのスマホの電話が一斉に鳴った。みんなが顔を見合わせる中、「でてみろよ」というみんなの視線を受け、僕は電話の通話ボタンを恐る恐るタップする。


 ザーーーーっ、ザ、ザーーーーっ。


 砂嵐の様なノイズ音が鳴り響く。誰かのいたずらだと思った僕は電話を切ろうとした。その時辛うじて聞き取れる、か細い声が聞こえてきた。


『……こ……いで、…………て……は………だ……』


 そこで通話は終わってしまった。何だったんだろう? 僕は電話に出てしまったことを後悔していた。いつもは知らない電話番号なんて無視するはずなのに、耳の奥で砂嵐の音がまだ鳴り響いている。



「こんにちは。鎌倉は初めて?」


 急に後ろから声をかけられた。


 びっくりして振り向くと、髪の長い白のワンピースを着た同い年位の少女が僕に質問したのだとわかった。さっきの声は彼女だったんだろうか?


「最近、このあたりはお洒落なお店も多くなって、映える美味しいお店もいっぱいあるのよ。初めてなら是非食べてみて! 本当に美味しいのよ」


 彼女は可愛らしい顔で自慢げに話し始めた。


「あ、ごめんなさい。急にびっくりするよね。え? 私の名前? 私の名前は小町。あの通りの名前と同じ小町よ。よかったら案内してあげるわ」


 彼女は自分が可愛いことを知ってると言わんばかりに、話し続ける。だから思い切って僕は神隠しについて聞いてみたんだ。


「神隠しについて? うふっ。知ってるよ。詳しいことは歩きながら話すからさ、まずは鎌倉と言ったら、小町通りを通らないと。さ、行きましょ!」


 小町と名乗ったその子は、そう言うと人混みの中をスタスタ歩き始めてしまった。僕は無視することもできず、彼女から話を聞こうと彼女の後をついて行く事にした。



【Point2 小町通り入口】


 朱い大きな鳥居をくぐると、彼女がくるっと振り向いて僕が追い付くのを待っていてくれた。


「歩くの遅いね」


 彼女は何が面白いのかクスクスと笑っている。誰にもぶつからず、前を歩く人の波に影響も受けず歩ける彼女を、この時は地元の子だから? 程度にしか思っていなかった。


「ねぇ、知ってる? 小町通って、昔は農道だったの。こんなにお店ができて沢山の人で賑わうなんてねぇ。すごいよね! そうそう、鶴岡八幡宮まで続いている段葛だんかずらは、源頼朝が奥さんの安産祈願のために作ったんですって。だから私たちみたいな庶民は農道を通るしかなかったのよ」


 うん? 私たち? 僕は彼女の説明に少し違和感を感じた。


 ザーーーーっ、ザ、ザーーーーっ。


 また僕の頭の中に砂嵐の音が鳴り響く。


『…来ては……、だ……め…』




【Point3 小町通り中央】


「良い香りがするよね。ここが有名な『幸せをよぶ 大仏さま焼き』だよ。ねぇねぇ、君はどんな運を引き寄せたい? やっぱり恋愛運? あ、それとも金運かな? 中の餡の種類で違うらしいの。私は恋愛運! 今日君に会えたことも、いわゆる~ご縁だからね」


 ちょっと待てよ? 僕は思い出していた。ここは神隠しに遭った彼女の呟きに載っていたお店だ。彼女はこの後…どうなった?


「あぁ~、こういう美味しいものを毎日食べれる君たちは幸せだね。羨ましい…」


 僕の思考は小町の声で遮られた。

 小町にとってこれは日常ではないってことなのか? 寂しそうな小町を見て、僕は何とも言えない気分になる。


 ザッ…ザッ。カチャカチャ。ザッ…ザッ。


 僕の耳に、人の歩く足音が聞こえて来た。耳鳴り!? まるで重たいものが擦れ合うような、砂地を踏みしめて歩くような聞き慣れない音が、遠くから聞こえて来る。気持ち悪い。


「え? 足音が聞こえるって? それ…空耳じゃない? 私には聞こえないけど」


 彼女はそう言うと次の店を紹介したいと、またスタスタ歩き始める。

 僕は彼女を見失わないように後を追うしかなかった。


 ザッ…ザッ。カチャカチャ。ザッ…ザッ。


 足音がどんどん近づいてくる。




【Point4 小町通り出口付近】


 ザッ…ザッ。カチャカチャ。ザッ…ザッ。


『探せー! どこいった!?』


 な、なんだ? 先程の足音に加えて、男たちの叫ぶ声が遠くに聞こえる。誰かを探しているのだろうか? 嫌な予感がする。僕はごくりと唾を呑み込んだ。


「誰かを探してるみたいだって? ちょっとそれ…聞こえてるの?」


 小町がクレープを片手に僕の後ろの方を怖い顔で見つめている。やはり空耳なんかじゃないんだ。


「ちっ」


 目の前の彼女が、全く違う人物に見えてきた。


 ザーーーーっ、ザ、ザーーーーっ。


 砂嵐の音が足音をかき消すように響く。僕はたまらず耳を塞いだ。でも頭の中に響く声は消えない。


『もう戻れない。忠告したのに…』


「ふふふ、どうしたの? 怖い顔して。もうすぐ着くわ」


 何かがおかしい…。そういえば、孝や青柳はどこにいったんだ?


「鶴ヶ丘八幡宮はすぐそこよ。えっ? 帰るですって? それは無理よ。君はもうこっちの世界に着いているんですもの」


 僕は慌てて振り向いた。でも…すぐに後悔した。さっきまで賑わっていた通りの店は閉まっていて、SNSの彼女の呟きと全く同じ景色が続いていた。


 それだけじゃない。先程の足音がどんどん大きくなってくる。逃げなければ捕まってしまう。そんな恐怖が僕を襲う。

 汗がつーっと背中を這う感覚がした。気持ちが悪い。


「今戻れば、物騒な奴らに見つかってしまうわよ。そうしたら、二度と戻ることはできないわね。確か…この前の子がそうだったかな。私と一緒に来れば、君が知りたがっていた神隠しの真実がわかるかもしれないわよ。ふふふ、どうする?」


 小町がにやっと笑う。可愛い顔で笑っているのに目だけが冷たく光っていた。


「さぁ、こっちへ」


 小町の冷たい手が、僕の腕をつかむ。もう戻れない。僕もSNSの彼女と同じだ。そう悟った瞬間だった。




【Point5 鶴ヶ丘八幡宮入り口】


 僕は小町と一緒に走る。


 心臓の音、息づかいがきこえてくる。後ろからは走る足音に加えて「きゃーーーーっ」という声まで聞こえる。

 小町の言っていた、逃げた子の叫び声だったのかも知れない。


 捕まりたくない!


 小町の軽やかな足音が止まった。


「はぁはぁ、この鳥居をくぐれば、奴らは追ってこれないわ。さぁ」


 僕はどうすれば…。


 ザッ…ザッ。カチャカチャ。ザッ…ザッ。


 悩んでいる暇はない。足音はすぐそこまで来ている。

 僕は思いきって鳥居をくぐる選択をした。



「ようこそ。君を歓迎するわ」


 先程まで白いワンピースを着ていたはずの小町の姿が見えない。僕は急に心細くなった。


 すると遠くの方から音楽が聞こえて来た。お正月などで聞く音。雅楽というものだと気づいた。


「この先をまっすぐ進むと、あなたを待っている人がいるわ。そう、神隠しに遭った人が集う場所」


 僕は帰りたいって小町に言ってみた。どうやって帰るか彼女なら知ってるんじゃないかと期待して。


「帰りたい? それは無理。私はただの案内人だもの。前に進むしかないわ。戻れば彼らに見つかるわよ。ふふふ」


 何がおかしいのだろう。


「さぁ進んで。舞姫さまなら帰り方を知っているかもしれない。じゃぁね」


 小町の名前を叫んでも、もう彼女が現れることも、語りかけてくることもなかった。置いていかれた子どものような気分だ。


 あの時電話にでなければ、小町についていかなければ…。後悔ばかりだ。


 それでも最後の期待を胸に、僕は前に進むことを選んだ。




【Point6 舞殿】


 雅楽の音がどんどん大きくなる。舞姫さんって誰だ?


 木々が風にザワザワと鳴いている。砂利の上を歩く僕の足音だけが響いた。


 どうやら僕も神隠しに遭ったらしい。


 ゆっくり前に進むと目の前に大きな建物が見えてきた。雅楽の音に合わせ、誰かがその上で舞っているようだ。


 僕は後悔していた。面白半分にSNSの情報に飛び付き、神隠しなんて嘘だって証明しようとさえ思っていた事に。こんなことするんじゃなかった。


 ふと音楽が止んだ。


「よく来たな。くくく。光栄に思うが良い。そなたは私の一部となり永遠に生き続けるのだ」


 どこからか自信に満ちた大人の声が聞こえて来た。


「くくく。はははは。さぁ、来るが良い」



 嫌だ…。僕は帰りたい。僕が何をしたというんだ? 助けて…。お母さん…。


 その時だった。


「君! こっちこっち」


 聞きなれた小町の声がした。


「やっぱり君の事が気になって…」


 小町が柱の影から手招きしている。


「私、もう消えちゃうの。だから用件だけ言うね。よく聞いて。次の演目で静御前が舞を披露するから、その時を狙って本宮に向かうの。いい? 魔の13段目、そこで一度止まる。そして祈って。『帰りたい』って。その後は決して振り向かず、本宮まで向かうの! そうすれば君の友達がそこで待ってるから」


 小町は僕の手をつかみ早口でそう言う。


「なぜ? って顔してるね。それは君がいい人だから。わかるよ、だって何人もの人と会ってきたんだもん。ごめんね。君は何も悪くない。神隠しは私のせいなの」


 小町は寂しそうに微笑んだ。


「100人の魂と引き換えに、私は家に帰れるはずだったの。あぁ~あ。あと一人だったのに、人選間違えちゃった」


 また雅楽が鳴り響く。それを聞いた小町が「早く行って!」と、僕の背中を押す。


「小町~! 裏切るのか~!」


 地響きのような声が響き渡る。僕は小町の事が気になり振り返る。


「早く逃げて! 振り向いてはダメ!」

「小町~!! 許さーん」


 地響きの様な声が小町の名を呼び呑み込んでいく。「小町、ごめんなさい」と心の中で叫び、僕は彼女から教わったとおり、まっすぐ本宮に向かった。


 後ろから、彼女の最期の悲鳴が聞こえた。

 100人目は、彼女だった…。




【エピローグ】


 気づくと僕は本宮の前でボーッとしていた。側には孝と青柳が心配そうな顔で僕を見ていた。


「おい、大丈夫か?」


 僕はさっきまで夢を見ていたのだろうか?


「何もなかったな。お参りしようぜ」

「そうだな」


 いつもとかわらない会話が聞こえる。僕は戻ってきたんだ。

 小町は? 周りには小町らしき人影はなかった。



 その時、僕の頭の中にあの謎の電話の声が聞こえてきた。


『ねぇ君。忘れないで』


 僕はもっとちゃんと言葉を聞き取りたくて、耳を塞ぐ。


『君を救った少女がいたことを』


 僕は慌てて振り返った。そこには真っ白な姿の鳩が一羽、ジーっと僕を見つめていた。


 小町…。


 コロッポッポ~。

 鳩は空高く飛び去っていった。



 忘れない。僕は君を。

 鎌倉という土地に起きた神隠しの出来事も。

 そして99人の少年少女の悲しみも。




END

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僕らは何も知らない 桔梗 浬 @hareruya0126

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