Dual Hunters〜外伝〜
蒼河颯人
Episode 1 Lukky ? Unlukky ? Valentine's day!!〜その1〜
世の男性にとって恐るべきシーズンがやって来た。それは〝ヴァレンタインシーズン〟彼らにとって恐怖の根源は、勿論女性から送られる義理チョコの山である。
ショコラはまず材料自体が大変高価なものだ。その結果、ただでさえ高額な品となり、自然と量より質となりがちである。物価高のご時世事情も相まって、財布が痛みやすい。先に貰う立場のものは避けては通れない「お返し」の算段をするのも自然と義務となっており、これがなんとも悩ましいものの根源だ。安ければ安いで機嫌を損ねられ、高ければ高いで金銭感覚を疑われる。でもまあ、これは年に一度のお祭りである。楽しむべき時は楽しんだ方が良い。世の男性の皆様、めげずに頑張って頂きたい。
さて、ここは「ルラキス」という名前の「チキュウ」と似た星だ。「チキュウ」は数千年前に滅亡している。この星を守るために存在する特別組織の一つである、「セーラス」本部の〝派遣執行部〟のルーム内だ。リーダーであるイーサン・ヘムズワースを含めた総勢七名の構成員中、男性職員は五人である。彼らも勿論該当者であり、義理チョコの恩恵にあやかっていないものは当然皆無だ。彼らにとっても、ヴァレンタインシーズンは恐怖のシーズンであることに変わりはなかった――ただ一人、妻帯者であるイーサンは妻という協力者がいるため、然程頭を悩ませることはなかったようだが。
七人の内、実行部隊として現場に赴くのは六人で、彼らはそれぞれ二人組でバディを組む、バディシステムをとっている。三組のバディの内一組だけはどちらも男であるため、他部門由来の義理チョコのことだけ気にしてれば良い。残りの二人は相方の女性エージェント達ヘの〝返礼〟にも気を使わないといけない。よって、その日は出向せずに済むのを良いことに、サイトで来たるべき時期に備え早々と調べ物をしていた。(社内イベントの日だけは余程のことでもない限り〝指令〟が来ない。これは上層部によるエージェント達への気遣いだととって間違いないだろう)
さて、二月十四日当日のこと。
構成員であるエージェント達が、ほぼ出向していることの多い〝派遣執行部〟のルーム内はいつも閑散としているが、その日だけは全員揃っていた。お陰で〝事務部〟や〝調査部〟といった、他の部門の女性職員からの義務的な「貢ぎ物」により、普段以上に甘い香りが漂っている。
勿論大きく分けて全体宛と、職員それぞれの個人宛とある。言うまでもなく、後者はその量に大差があった。
どんと山積みされたショコラの入った
「もの凄ぇチョコレートの量が届いてるじゃねぇか!! やっぱりお前凄えな!」
「毎年のことだ」
「え? マジかよ!?」
驚きの声を上げたタカトは、改めて自分の相方を一瞥した。
百九十センチメートルに少し足りない高身長。
足が長く、中肉中背で、バランスの整ったスタイル。
表情や声に感情を殆ど出さない寡黙タイプ。
後ろ髪が襟元につく位の艷やかな黒髪。
二重の切れ長の目の瞳の色は銀色。
色白で人形のように整った、どこか冷たさをたたえた貴族的な美貌。
セーラス内で一位二位を争うクールな美青年は、常に女性職員達の注目の的だった。
その社内中の女性職員達の視線を一身に受けている美青年は、少しため息をついているようだ。どうしたのかと思ったタカトが首を傾げていると、彼は重い口をゆっくりと縦に開いた。
「……タカト。良かったら半分手伝ってくれないか?」
「? ひょっとしてお前あれか? 辛党?」
甘党でない人間にとって、この時期は最早拷問に近い。あくまでも〝義理〟であるため無駄につき返すわけにもいかない。処分する方法は確かに悩みの種だろうと思われる。
「いや。生憎、僕は甘党でも辛党でもない。アルコールに耐性があるから、酔う者の気持ちが全く分からない」
彼が言うには、いくら飲んでも全く酔わないため、逆に飲まないらしい。見かけによらず大ザル以上の筒レベルとは恐れ入る。味は好きらしく、文字通り〝嗜む程度〟だそうだ。あのふわふわと頭が軽くなるような、気持ちが大きくなるような快感が分からないとは、何とも寂しいものである。しかし、大ザル相手に飲み比べをけしかけられた場合、〝大筒〟である彼は心強い味方だともとれる。
「半分は妹への手土産にする。ノンアルコールのものは自宅に持って帰るよ」
彼はショコラの箱の中身の仕分けを開始したようだ。量より質をとったような、高そうなものがボックスから手品のようにわんさかと出てくるのを見ていると、差出人は本命チョコと間違ってるのでは? と疑問に思いたくなる。
「なぁ、義理チョコとは言え、一個くらいはここで食べた方が良いんじゃね? 送り主から見れば……」
「一応選んではいるのだが……ならば今回はこれを一箱開けてみるか……」
整理をしていた手を休めたディーンは、一箱取り出した。パッケージ的にも一番上品で大人しく、如何にもカカオ含有量高めなビタータイプのようだ。彼はその箱に巻かれていたリボンを優雅な手付きで解き、箱を開けてみると、その中身が六粒位上品に並んでいた。その内の一粒を手に取り、周りの包みを剥き、そっと口に入れた。
ビターなチョコレートはスモーク香のあるウイスキーと頗る相性が良い。特にクセのあるウイスキーのアテに向いている。スモーキーな香りとフルーティーな風味が融合した複雑な味わいであり、カカオのほろ苦さを引き立たせ、スムースな口あたりが魅力な一品だ。
「……これなら甘過ぎないし、酒のアテにも良いかもしれないな……」
「へぇ~。何か一番ビターそうなのを選んだな。 なぁ、一個貰っても良いか?」
「口を開けてみろ」
「?」
ディーンはいつの間にか包み紙を剥いていたそれを、タカトの口の中へひょいと放り込んだ。翡翠色の瞳を大きく見開いた彼は、突然のことに言葉が出ない。
「……!!」
「どうだ? これ位の甘味ならウィスキーの風味とマッチしていると思うのだが……」
「……そ……そうだな」
(どーしてこういう小っ恥ずかしいことをさり気なくするんだよコイツは……!! )
……何故そこで赤くなる。という突っ込みはさておき。
ディーンはそのクールな外見からは想像出来ないのだが、実は大の世話好きである。いつも妹の面倒を見てきたせいで、息をするように誰かの世話を焼いている。よって、やることなすこと至って通常運転であって、特に他意はないのだ。
──続く──
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