Episode 3 Warm-hearted White day 〜その1〜

 今日は三月十四日。ホワイトデー。それは嘗て存在していた〝チキュウ〟の〝ニホン〟という国が発祥と言われるイベントだが、バレンタインデーと同様に、何故かここルラキス星でも存在していた。女性からチョコレートを送られた男性が送り主へと〝お返し〟するイベントである。楽しいお祭りごとの経済ヘの影響力は凄まじい。当時の政府が特に深く考えもせず、そういう理由で継承すべきと判断したに違いない。


 さて、ここはそのルラキス星の中心都市であるアストゥロ市内のマンションの一室だ。特別派遣組織〝セーラス〟の〝派遣執行部〟所属エージェントの一員である、ディーン・マグワイアの自宅である。彼は一人暮らしなので普段は人気がなくもの静かなのだが、今日は主がいるようだ。仕事が珍しく休みなのだろう。


 その部屋に、一人の男が訪ねてきた。針のようにツンツンとした茶髪を持ち、翡翠色の瞳を持つ青年だ。彼はディーンのバディ相手であるタカト・レッドフォードだった。ディーンの住まいに来客とは大変珍しい。きっと何か用があるのだろう。


 彼がその一室の無機質なインターフォンのボタンを押すと、マイクから『はぁい!』と、若い女性による明るい声が響いてきて、かちゃりとドアが開いた。そのすき間から、一人の少女がちょこんと顔を出している。毛先を外ハネにした、艶のある癖のない長めの黒髪ボブの美少女だった。彼女は来訪者をタカトと認識すると、アーモンドの花が綻ぶように笑った。今日は私服のようで、ボルドーのニットに黒のスカートと言った出で立ちだ。


「タカトさんようこそ。お待ちしてました! どうぞ上がって下さ〜い!」

「ジュリアちゃん。今日は一段と可愛いけど、一体どうした!?」

「やぁだタカトさんたら! お上手!」


 彼女が奏でる小鳥のさえずりのような声が、耳に大変心地良い。それを聞いていたタカトはつい目を細めた。

 部屋中には、焼き菓子特有の甘い香りが充満している。それにコーヒーのほろ苦く香ばしい香りが漂っており、まるで喫茶店のような雰囲気を醸し出している。いつもの無機質な部屋とは大違いだ。そこで思い出したかのように、彼は手に持っていた白い紙袋をジュリアにそっと手渡した。


「……てぇっと、これ良かったら。後で二人で仲良くな」

「わぁ! どうもありがとうございます! そんなに気を遣わなくて良いのに……わざわざすみません」


 ジュリアはそれを受け取ると、部屋の奥にいる兄に向かって声を掛けた。


「お兄ちゃーん! タカトさんがいらっしゃったわよ~!」


 彼女がぱたぱたと急いで奥へと呼びに行く先から「分かった。早く上がるように言ってくれ」と聞き慣れた声が帰って来た。


 去年の夏に起きたアストゥロ市民集団拉致事件が一段落して以降、タカトはマグワイア兄妹と会う機会がぐっと増えた。


 その事件にディーンの大切な妹であるジュリアも巻き込まれ、肝を冷やす思いをしたせいだろう。仕事人間である彼も、普段寮生活を送る彼女と会う頻度を増やしたのだ。そして、赤の他人であるタカトまで、何故かお呼ばれを受けることがしばしばある。事件の一件がきっかけとなり、ディーンの妹に大層気に入られたのが原因のようだが――


 手を洗った二人がリビングに入ると、部屋の主であるディーンがキッチンから皿を二枚手に乗せて姿を現した。百九十センチメートルに若干足りない高身長で貴族的な美貌を持つ彼が、白いシャツに黒のソムリエエプロンを腰につけている。その様は黒のスラックスに覆われた長い足に良く映えており、さながら喫茶店の名物イケメンマスターのようである――その表情は普段通りの鉄仮面だったが。


「ちょうど焼き上がったところだ。これは、冷めない内が良い」

「Good Timing ! タカトさん急いで急いで!」


 ジュリアに誘われたタカトは、指定されたテーブルにつくと、テーブルの上には真っ白な皿と真っ黒な皿が一枚ずつ置いてあった。どちらも、綺麗に盛り付けられた円柱状の茶色いケーキが一個ずつ乗っている。いずれも上から粉糖でファンデーションされた、チョコレートケーキのようだ。


 白い皿の方のケーキの傍には、真っ白なヴァニラアイスクリームが添えてあった。反対側にはホイップクリームが美しく波打っていて、その上にはアーモンドやピスタチオナッツ、ラズベリーと言ったものが見ば良く飾られている。


 黒い皿の方のケーキの傍には、白の方と同じようにヴァニラアイスクリームが添えてあった。そしてその周囲にラズベリーの実がバランス良く飾られてある。レモンの皮をすりおろしたものが皿の縁に弧を描いており、粉糖で花のような絵が二つほど描かれていた。


 それを目にしたジュリアは、大きな瞳を更に大きくして、きらきらと輝かせている。大きなため息を一つついて、ワントーン上がった感嘆の声を上げていた。一緒に眺めているタカトも、芸術品を見るかのように目を輝かせている。


「去年もだったけど、今年もすっごく綺麗〜! ありがとう! 流石はお兄ちゃん!」

「正直高級喫茶店や高そうなケーキ屋のより、お前の作ったもんの方が断然上手いもんな。本人が全っ然食えねぇのが勿体ねぇ位……て、黒のこれってさ、この前のとは違うヤツ……?」

「ああ。こういうのもどうかと思ってな。黒の方は君用だ」

「ほえ〜サンキュー。ついででも、何かワリィな。黒の方が大人っぽいと言うか何と言うか……飾り方次第で随分と雰囲気が変わるもんだな……」


 妹のために〝お返し〟として、丹精込めた手製のスイーツを振る舞う美青年。聞けば毎年恒例らしいのだが、どれだけこだわりが強いのだろうか。そのお相伴に預かっている自分は、場違いじゃないだろうか? とつい首をひねりたくなる。


「……ほら。ジュリア。冷めたらせっかくのお楽しみがなくなるぞ」

「うん。そうだね。何か綺麗すぎて食べるの勿体ないんだけど……せっかくのフォンダンショコラだもの! 出来立て、焼き立てあっつあつが一番!!」

「そうだぜ。あんたの兄貴のこれはめちゃくちゃ旨いぞ。味はこの俺が保証するぜ」

「それじゃあ、いっただっきまぁす♪」


 フォークとナイフと言ったカトラリーを両手に持った彼女による、元気な掛け声が部屋中に響き渡った。


 ――続く――


 



 

 

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