Episode 5 Private mission
俺には三分以内にやらなければならないことがあった。本部での仕事を大急ぎで片付けた後、慌てて
その店の入り口付近に浮かんでいる時計の文字を見ると、俺は瞬時に石化すると思った。閉店時間まであと……三分しかねぇ……!
(うへぇえ……これでも全力空中疾走したんだぞ俺!? 時間がねぇ……!! )
大急ぎで店内に飛び込むと、中はまだ買い物客でむせかえっていた。漂う芳香が何とも言えない。これはきっと俗に言うえっせんしゃるおいるとか、あろまおいるとかいうヤツだろう? 俺、専門外だから、全っ然分からねぇけどよ!
周囲はほぼ百パーセント女性客なので、俺みたいなむさ苦しい野郎が来るには、明らかに場違いな所だ。閉店時間内までにはぎりぎり間に合ったようだが、さて、勝負はこれからだ!
(ええっと、目的のものは……っと……)
俺は今、〝ロスマリヌス〟という店の中にいる。〝ロスマリヌス〟はルラキス星における自然派コスメで、現在一位二位を争う大人気コスメティックブランドだ。無論、女性客向けの店である。言うまでもなく俺ってば浮きまくっていて、背筋が寒い寒い! 季節違いのホラーより恐ろしいったらありゃしねぇな!
この店に訪れた目的は、ここで販売されている期間限定商品のハンドクリームとシャワージェルのセットを入手(購入)することだ。
え? 自分用かって? そんなわきゃねぇだろ!
何故かというとだな、どうしても買いに行けない親友に、代わりに買って来て欲しいと今朝方頼まれたっつーわけだ。普段借りを作ってばかりのアイツに頼まれて、断る理由はねぇ。周囲の視線が服の上から針のように突き刺さってくるが、いちいち気にしていられねぇってんだよ!
(うっへぇ……! こいつはすげぇ! 人気商品だと聞いていたが、ここまでとはな……もう閉店時間間近だし、ひょっとしたらもう売り切れてるかもしれねぇな……)
緊張と不安でぐちゃぐちゃになる心を押さえ付け、つばをごクリと飲み込んだ俺は、いざ戦場へと飛び込んだ。
陳列棚には女性客なら目を惹かれるだろうと思われる、魅惑的な商品がお行儀よく並んでいた。スキンケアアイテム、ヘアミスト、フレグランス……といったものが、色とりどりの容器に詰められている。俺ってさ、元々こういう店と縁が無いものだから、さっぱり分からねぇ。だが、いつか彼女が出来た時のことを考えると、知っておいた方が良いだろうしな! 後学のため後学のため……と、強く心に念じ、雰囲気と販売内容を脳裏へと焼き付けた。
(とにかく、目的の品を見付けねば! ぼさっとしていたら店員に追い出されちまう! )
あちこち見渡してみると、一角だけ、群がる客層が違うのに気が付いた。黄色い声の上がる方へと視線を向けると、十代位の若い女性客が集まっているじゃあねぇか! その棚に乗っているものも、普段使い用とは違った、おしゃれなパッケージのようだが……
(コイツはひょっとして……当りかも!? )
そう睨んだ俺は女性客の波をかいくぐり、泳ぐようにして陳列棚に並んでいたその商品に向かって精一杯右腕を伸ばした。それはピンク色を基調とし、赤い薔薇の花が散りばめられた、如何にも女性が好みそうな容器に入っている。話で聞いてたものと特徴は一致している。確か、ライチやラズベリーの果実と、薔薇の透明感あるフレッシュフローラルの甘過ぎない香りのハンドクリームと、シャワージェルのセット……だったっけ。ああ、あの子にとっても似合いそうだ。
(あった!! あれか……!! 痛ててて! 誰だ俺の髪や服を引っ張るヤツ……! そんなに引っ張ったら服が破れちまうって! )
後ろから上着を引っ張られるわ、髪を引っ張られるわで、散々だ。それにもめげず、揉みくちゃになりながらも、手応えを感じたそのものを掴み取った。
(よっしゃあ! 全力死守! 取られてたまるか……! )
そしてそのまま俺はキャッシュレジスターへと滑り込んだ。この機械には高次機能AIが搭載されている。会計その他色々なことに関しては、この機械だけで全て対応してくれるのだから、大変便利だと思わねぇか?
ぜーはーぜーはーぜーはーぜーはーぜーはーぜーはー……!
(はあああ……息が苦しい! 窒息寸前の魚が浮上したような気分って、こんなものなのか? バーゲンセールに群がる女ってマジで怖ええ……! 普段相手にしている敵を目の前にするのと、違った意味で戦々恐々としたぞ! )
肩で息をしている俺の目の前で、静かに鎮座していたAIが金属のような声で何か言ってきた。
『お待たせしました。お客様。こちらは贈り物ですか? それとも、ご自宅用ですか?』
「……プレゼント用……」
(俺は男だぞ! こんな可愛い系、自分用なわけねぇだろう! )
と、思わず突っ込みたくなったが、俺はそこをぐっと抑えた。世の中色んな人間がいる。先入観でものを言っては駄目だ。趣味嗜好に関して深入りすべきではねぇ。そう認識を改めていると、AIが無機質な音を立てて更に何か言ってきた。
『ところでお客様、ラッピングはどうなさいますか?』
「……プレゼント用だから、勿論必要だ」
『お相手はパートナーの方ですか?』
「いや……妹……」
『かしこまりました。それでは、こちらの中からお好きなカラーをお選び下さい』
つい反射的に答えちまった。正確にはアイツの妹で俺の妹じゃねぇけど……ま、いっか! 細けぇことは無視無視! ……て、この機械、しれっと普通にプライベートなことまで聞いてこなかったか?
適度に決めて差し出されたタッチパネルを押し、入金を合わせた全ての入力を終わらせると、何だか肩の荷が下りた心地がした。買い物一つで、ここまで疲れたことはなかったぜぇ。まぁ、初めて入った所って変な気ぃ使うし、そんなもんか?
数分後、ポーンと軽快な音楽と共に、嘘のように抑揚のある音声が、目の前にある機械から流れて来た。ピンク色の包装紙に包まれた紙袋が差し出されてくる。
『お待たせしました。ラッピングまで済ませております。この商品は期間限定販売のもので、今大変人気ですからねぇ! こちらのセットで本日販売分最後の一個だったから、お客様、大変な幸運を握られましたね!』
(最後の最後で何故感情入ってくるんだよ、この機械。何だか調子狂うぜ……)
俺は、キャッシュレディスターから精算済みの商品をさっさと受け取り、普段滅多にない肩凝りを覚えながらその店を後にした。
◇◆◇◆◇◆
「わぁ……っ!! タカトさんどうもありがとうございます!! これ……これ……私欲しかったんですよ~! いつもいつもすぐ売り切れになっちゃって中々買えなくて……だからすっごく嬉しい!」
親友宅にて、俺の戦利品を受け取った相手は、喜びのあまり白ウサギのように飛び跳ねている。蓋を開けて鼻を近付けたり、ハンドクリームの中身を手の甲に乗せて塗り拡げては香りを確かめたりと、興奮気味のようだ。
(あああやっぱり可愛い……彼女のこれを見たくて、俺頑張ったようなものだしよぉ! )
その様子を見ていた親友は、安堵の表情を浮かべ、ベッドの上から上半身をゆっくり起こそうとしていた。熱出してしんどいだろうから、全然気にしなくて良いのに……全く。
「……急にすまなかったな。本当は僕が行けたら良かったのだが……明日が非番だっただろう? 無理して今日に合わせなくても良かったのに。あの店は、閉店時間間近は特に混み合う店だから……」
艷やかな黒髪から覗くその色白な額から濡れタオルが滑り落ちるのを見たコイツの妹は、額のシワを寄せながら慌てて兄のもとに駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんは寝てないと駄目でしょ! お医者さんが今日は一日安静にするようにと言ってたじゃないの……ほらほら、大人しく寝・て・な・さ・い!」
「う……ジュリア……もう少し声を小さくしてくれ……君の高い声は頭に響く……」
妹によって掛け布団の中へと強引に押し戻されたディーンは、額にシワを寄せてうめいている。この兄妹のやり取りを見ていると、職場で見るアイツのクールな雰囲気とはあまりにも違い過ぎて、つい吹き出しそうになっちまう。
「こー言うもんは、当日だからこそ尚更喜びがでけぇというヤツだ! ジュリアちゃん、お誕生日おめでとう。また一つ大人になったな!」
「どうもありがとうございます! わぁい何かとっても嬉しい!」
俺がその艶のある癖のない長めの黒髪ボブの頭をなでてやると、彼女は嬉しそうな顔をしてにこりと微笑んだ。彼女が笑うと、この部屋中が春爛漫だ。全世界に春が訪れたように感じる。
「しっかし、お前が熱を出すなんて珍しいことがあるもんだ……明日はきっと嵐になるぞ。そう言えば明日はジュリアちゃん学校休みだろ? 文字通り天使で可愛いナースがいてくれて、良かったじゃねぇか!」
「……」
「心配しなくても帰りは俺が彼女を寮まで送っていくから。お前はゆっくり寝てろ」
「……この借りはどこかで返す」
アイツはあんなことを言っているが、普段助けられてばかりなのは俺の方だ。飯食わせてもらったり、出向先でフォローしてもらったり、間一髪で庇ってもらったりと、数知れず。
今まで全て何でも一人で背負い込んできたアイツは、普段あまり人に頼ろうとしない、大変可愛げのない性分だ。返せる時きっちり返しておかねぇと、俺の気が済まねぇ。
細かいことは良いとして、早く元気になってくれよ。相棒。
――完――
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