なんとなく魔術師

ヤン

幸せをくれた人

 ソファでウトウトしている僕の隣に、腰を下ろす気配。その人が、僕の肩をそっと抱き寄せる。


 僕は、その人の肩に頭をもたせ掛けて、微笑む。ここは、何て幸福感に満ち溢れた場所だろう。


 僕の肩を抱いてくれている人は、大矢おおやさん。もう、一ヶ月くらい一緒に暮らしている。


 家も学校も嫌になって、家出をしたのが夏休みに入った直後だった。大矢さんが、僕の父を知っていたのには驚かされたが、そのおかげで、僕をどうするかがすぐに決まった。


 それからずっと、ここにいる。大矢さんは言ってくれた。ここでは、僕の思うままにしていい、と。


 思うまま、というのがどういうことか、僕には理解が出来なかった。それまで、家では、なるべく家族の目に触れないようにしよう、とか、そんなことばかり考えて生きてきた。


 急に自由にしていいと言われて、戸惑った。でも、今はわかる。少しずつだけれど、自分の思うままに出来るようになってきたと感じている。


 そんな風になれたのは、大矢さんのおかげだ。暗闇の中から僕を助け出してくれた。のある場所に連れ出してくれた。


 僕が望んでいたことを与えてくれる大矢さん。なんとなく魔術師みたいだ、と思った。僕が幸せになれる魔法を掛けてくれたんじゃないかと、本気で考えてしまう。


 僕の髪を撫でながら、大矢さんが、


聖矢せいや。愛してる」


 囁き声で言った。


(完)

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