さくらを守護する者の務め 下

「……っ!」

 相手が先制攻撃を放ち、振り下ろした剣の風圧を受け、刀を握る右手から腕にかけてダメージを食らった俺の体が、ぐらりと傾いた。

 擦り傷を負っただけで体に大ダメージ……あいつ……つえェ……

 倒れる寸前、なんとか踏み止まった俺は、想定外の相手の強さにたじろいだ。

「利き手を封じさせてもらった。これでもう、刀を振るうことは不可能だ」

 相手が冷ややかに告げる。相変わらず冷めた表情をしているが、勝利を確信したような余裕さえ感じた。

 さくらと女の子を守れるのは俺しかいない。ここで、たおれるわけには行かないんだ!

 裂帛れっぱくの気合いとともに奮起した俺は、左手で刀の柄を握り、振り上げた。ちょっとした変化を感じ取った相手の顔が険しくなる。

「まだ、一度しか使ったことがないけど……試してみるか」

 にやりとした俺は、覚悟を決めた。

「ゴールドバスター……白桜はくおうきらめき!」

 黄金に輝く光線が、垂直に振り下ろされた刀から飛び出し、相手に命中。剣を構え、光線を防いだ相手を後方へ押しやった。

「……お前の強さにめんじ、後ろの二人は見逃してやろう」

 間一髪のところで難をしのいだ相手は俺の強さを認め、剣をさやに収めたのだった。


「今度また、顔を合わす時が来たら……その時は容赦ようしゃしない」

 冷ややかな視線を剣次に浴びせてそう言い残し、体の向きを変え、相手はすたすたとその場から立ち去った。

「剣次……」

 意識が朦朧もうろうとするなか、優しく呼ぶさくらの声で俺は振り向いた。

「助けてくれてありがとう。とってもかっこよかったよ!」

 剣次に対する感謝と優しさが、満面の笑顔で礼を告げたさくらからあふれ出ている。

 とびきり最高の笑顔を見せてくれたさくらにこたえるように、照れながらも気取ったように微笑んだ俺は意識を失った。

「無茶をするのは、相変わらずね。ほんと……ばかなんだから」

 持っていた三粒の金平糖こんぺいとうを口に含み、仰向けに倒れた剣次にキスをしたさくらがそう、物憂いげに微笑みながら呟いた。


「よォ……目が覚めたか」

 無愛想な青年の声で、俺は目を覚ました。ぼやけた視界がはっきりした時、俺はぎょっとして飛び起きた。

「怪盗フィース!」

「元気そうでなによりだ」

 屈んで具合を見ていた怪盗フィースはそう、真顔を浮かべて素っ気なく返事をすると徐に立ち上がった。

「さくらは……?」

「帰ったよ。ぶっ倒れたお前に、適切な処置をしてな。こいつは返すぜ」

 徐に立ち上がり、フィースが投げてよこしたモノを、右手でキャッチした俺は、凜然と睨めつけながら問いかける。

「ここは現世……なのか?」

「違うね。ここは十年後の未来の世界……ついさっきまでここにいたのは、俺達がいた元の現世より十年後のさくらちゃんだ。

 お前は、さくらちゃんが持っていた命の金平糖と、俺が持っている聖水のおかげで瀕死ひんしの状態から回復したんだ。この二つがそろってなきゃ、今頃は消滅してたぞ」

 険しい表情を浮かべてフィースは返答した。まるで、強敵相手に無茶をした俺をとがめるような言い方だった。

「そっか……そうだな……さくらとお前に、借りが出来ちまった」

 フィースによる説明で大体の事情を把握し、徐に立ち上がった俺は、切ない笑みを浮かべてしんみりとするとそう返事をした。

「タイムスリップしても俺を追って来られるか試すつもりが、まさかあの強敵相手にフルパワーを発揮するお前を目の当たりにするなんてな。

 それも、ゴールドバスターなんて必殺技……あんなの見せられたら、こっちまで怯むっつーの」

 あたかも、その場に居合わせていたかのようなフィースの呟きをいぶかしく感じた俺ははっとした。

「さっきまでさくらと一緒にいたあの女の子……まさかっ……!」

 怪盗フィースが、意味ありげに含み笑いを浮かべた、その時。

「……っ!」

 またこのパターンかよっ!

 怪盗フィースが不意に放った青白い閃光で目がくらみ、俺は咄嗟に左腕で目元を隠した。



 ふと気づくと、住宅街の、アスファルトの道路のど真ん中で、俺はただひとり佇んでいた。

「剣次ー!」

 清楚な私服姿の篠原さくらが、こちらに向かって駆けて来る。

 十三歳のさくら……ってことは、ここは現世か。

「怪盗フィース、見つかった?」

「ああ。けど……たった今、逃げられたよ」

 いつもの調子で尋ねたさくらに俺は冷静沈着に応じる。

「それじゃ、神桜かみざくらは……」

「心配すんな。ちゃんと、取り返したからよ」

 にわかに顔をくもらせたさくらを、気取った笑みを浮かべて慰めた俺は、手のひらサイズになっている剣をさくらに手渡した。

「取り返してくれたの? ありがとう!」

 真ん中に桜の形をした、淡い桃色のクリスタルがはまる、桜色の剣が無事に戻り、歓喜したさくらの顔に笑みが浮かぶ。

 十年後のさくら……か。

 満面な笑顔のさくらが、とびきり最高の笑顔で感謝の言葉を告げた大人のさくらと重なって見えた時、

 この笑顔だけは、今もこの先の未来もずっと変わらないんだろうな。

と、照れくささを隠すように気取りながらも、剣次は密かに思ったのだった。


――おしまい――

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怪盗を追いかけてタイムスリップした先は壮絶な未来の世界でした 碧居満月 @BlueMoon1016

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