怪盗を追いかけてタイムスリップした先は壮絶な未来の世界でした

碧居満月

さくらを守護する者の務め 上

 背中に、白文字で『封』一文字が刻まれた浅黄色の羽織。緩いパーマのかかる、濃紺のショートヘアの頭に巻いた白色の鉢巻はちまきが風に靡いている。

 現世に不釣り合いな侍の出で立ちをしているその後ろ姿はまるで、幕末時代に活躍した新撰組しんせんぐみの志士を彷彿させた。

 名を、沖田剣次おきたけんじ死神しにがみにとって致命的な天敵となる凄腕の剣士、ヨシュアとコンビを組む死狩人デスハンター

 冥界めいかいを統べる、閻魔大王えんまだいおうにより定められた寿命を超えてもなお、果たしたい約束があるが故に契約を結び、自身も死狩人デスハンターとなった篠原しのはらさくらを守護する者である。

 冥界に宮殿を構える死神結社しにがみけっしゃの長、死神総裁しにがみそうさいカシンからさくらを守る日々を送る剣次の身に起きた出来事の一部始終を、剣次の視点でここに記す。



 怪盗フィース。魔法界、天界、魔界、冥界を股に掛ける大泥棒。高価な美術品と宝石を狙う。

 そんなヤツがなんで人間界に姿を現したのか。突然降って湧いたこの疑問を解決したいところだが、今の俺にそんな余裕はない。

 早いとこ取り返して、さくらを安心させたい。自宅で不安な思いをしながら俺の帰りを待つさくらの大切なモノ。どういうわけか、怪盗フィースに奪われちまった。

 さくらに頼まれて、逃走中のフィースを捜しているところだが、神出鬼没の怪盗を捜し出せるわけもなく……って思ったけど、どうやら天が味方をしてくれたらしい。

 住宅街の、アスファルトの道路のど真ん中に佇むひとりの青年。耳にかかるくらいの、黄土色の髪に深紅しんくのコートを着た後ろ姿だけでぴんときた。怪盗フィースだ。

「やっと見つけたぜ、怪盗フィース」

 背後から忍び寄る人の気配を察知し、怪盗フィースが振り向く。

「お前がさくらから奪ったモノを返してもらおうか」

「へぇ……あの、さくらって言うんだ」

 気取った含み笑いを浮かべた怪盗フィースは、

「タダで返すわけには行かないな。君にとって、最も大事なさくらちゃんの私物……返して欲しければ、ここまで俺を追いかけて来いよ」

 気取った口調で捨て台詞を残し、青白い閃光せんこうに掻き消されてしまった。怪盗フィースが不意に放った閃光で目がくらみ、咄嗟とっさに左腕で目元を隠す。


 ふと気づくと、住宅街の、アスファルトの道路のど真ん中で、俺はただひとり佇んでいた。

 怪盗フィースの姿はもう、ここにはない。あれこれ考えている暇はないので、とりあえず手がかりを求めてこの場から離れることにした。

 怪盗フィースを追いかけて住宅街を駆けることしばし。思わず立ち止まった俺は息をんだ。

 その視線の先に、全身傷だらけの少女と、少女を守るように佇む精悍せいかんな女の後ろ姿。その右手には、一年中満開に咲いている桜の巨木に宿る神の力で出来た聖剣、神桜かみざくらが握られている。

 桜の花をイメージした色と柄の袴と着物を着た女に心当たりがあり、にわかに緊張が走った俺は、躊躇ためらうことなく突進した。

「さくら!」

 充分じゅうぶんに近づいたところで俺は、ポーカーフェースでその名を口にする。沈着冷静な俺の声に反応した女が、徐に振り向いた。

「剣次……?」

 やや驚いた表情をしつつも、大人の女性らしくも若く、透き通る声でさくらは返事をした。

「よく頑張ったな。あとは、俺に任せろ」

 そう、左手でそっとさくらの頭をでつつ前進した俺は労いの言葉をかけ、力強いメッセージを残した。

「……頼んだわよ」

 剣次の優しさに触れ、ほっと安堵の笑みを浮かべて礼を告げたさくらは、まるで力が抜けたようにうずくまった。左手で負傷した右肩を庇いながら。

 殺伐さつばつとした雰囲気を漂わせて前方に佇む相手を、眼光鋭く睨めつけ、対峙した俺は第一声を放つ。

「今度は、俺が相手だ」

「返りちにしてやろう」

 闘志をみなぎらせ、凄んだ俺に怯むことなく、冷ややかに相手が返事をする。腰くらいまで伸びた黒髪にマントを身にまとい、プラチナ製の剣を携えた長身の男だった。


 死封しふうの力と呼ばれる、死神にとって致命的な弱点になる力。それを駆使してそれらと戦うのが死狩人デスハンターの仕事だ。

 俺がまだ、死狩人デスハンターになったばかりの頃、稽古けいこをつけてくれたヨシュアに教わったことがある。

 冥界に宮殿を構える、死神結社に属する死神とは全く異なる力を持つ死神が現世にいると。

 刃を受けた人間の魂を消滅させるだけでなく、魂そのものを無に還かえす力がある死剣デスソードを持ち、死神の中で唯一、人間の命を刈ることの出来る魂狩人ソールハンターと名乗っているらしい。

 そいつの名前は確か、カリストって言う名前だったな。

 もしもいま、俺が対峙をしているのがそのカリストって言うヤツなら……

 そして、ヤツの狙いが、さくらが命懸けで守っていたあの女の子なんだとしたら……体を張ってでも、ここで俺が食い止める。

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