第8話 怒れる首領

 きつく握りしめられた拳には、純金製の指輪が十個はめられている。


 彼はこの二つの拳によって、すべてを手に入れ、すべてを奪い、すべてを築き上げてきた。


 悪の帝国――。


 悪の帝国に君臨する唯一無二の帝王、それが彼だ。


 ボス・オブ・ザ・ボス!


 黄金色の髪をした屈強で頑健な偉丈夫。『悪の金獅子』――彼をそう呼ぶ者もいる。


 その強力無比な右拳が今、振り上げられている。振り下ろした先には、一つの石膏像。彼自身の顔をかたどった精巧な石膏像が……。


 ガシャン!


 粉々に砕かれた。


「くそおっ!」


 ボス・オブ・ザ・ボスが叫ぶ。一つの破壊を成し遂げたところで、彼の怒りは収まらない。


「ぐうううっ!」


 怒りにギラつく目が振り向けられた先には、壁に掛けられた肖像画があった。彼自身を描いた肖像画だ。


 彼は大股に歩み寄った。壁から肖像画を外し、額縁を破壊すると、肖像画をずたずたに引き裂いた。


「くそおっ!」


 ばらばらになった自分自身の肖像画を踏みつける。それでも、彼の怒りは一向に収まらない。


 一人の手下が、怒り狂う首領の姿を、部屋の入口で震えながら眺めていた。手下の顔はすっかり青ざめ、今にも小便を漏らさんばかりだ。


 ジュンサーの自転車が悪人要塞の駐輪場に停められた。その報告が、これほどまでに、彼らの首領を怒らせるとは。


 悪人要塞の駐輪場には、ボス・オブ・ザ・ボスが誇る改造バイクのコレクションが停められてあった。


 一つ悪事を成し遂げるたびに、ボス・オブ・ザ・ボスは自分へのご褒美として、お抱えの改造バイク職人に特別な改造バイクを造らせてきた。


 それは『悪の記念碑』であり、駐輪場はいわば『悪の展示場』であった。


 そんな彼の聖域に、今は場違いな自転車が一台混ざっている。


 いったい、この世界に、これ以上の屈辱が存在するだろうか。


 ジュンサー小林ジャンゴは、たった一台の自転車によって、これまでボス・オブ・ザ・ボスが築き上げてきたすべてを、一瞬でぶち壊しにしたのだ。


「くそっ! くそっ! くそっ! くそっ!」


 ボス・オブ・ザ・ボスが足元の肖像画の残骸を踏みにじる。


 ようやく、その動きが止まった時、悪の首領は、怒りにギラついた双眸で、小便をこらえている手下を振り返り、こう命じた。


「奴を闘技場まで案内しろ!」

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闘え、駐在さん! 悪人同盟編 ハジノトモジ @hajino1228

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