沼に咲く

「おぉ、そうだったのか。それは迷惑をかけたな。スマン」

 フェルナンデスは二人に頭を下げる。そして、「しかし、いったいどういう理屈で、あの二人の奇行で、呪いが解けたんだ?」と素直な疑問を口にした。


「あ、あ、あれはね……。あの呪いを打ち消す精霊、あの呪いと真逆の性質をもっている精霊たちはとにかく野次馬根性が旺盛なの。だから、精霊たちの野次馬根性を煽るような演技をすることで、精霊たちの動きを活性化させて、活性化した精霊たちの持っているノリとか勢いを呪いにぶつける……っていうか、精霊たちの活性化した動きでこすって消していく……みたいな……」

 ユノノはもじもじと説明した。

「おぉ……。スゲエな。そういう事だったのか」

 フェルナンデスは深く頷く。

「おぉ……。そうだったのか。オレにはまるで見えなかったけど、ああやっている間、この辺りでは精霊が野次馬根性全開でめっちゃ動いていたんだな。はー。スッゲエな」

 モリシーは感心しきりといった様子で何度も頷いて、「あ、そうか。ユノノがあれだけ打ち合わせにない事を言ってきたのは、オレを動揺させる事で精霊たちのウケを狙ったんだな?なるほど。そういう事か」と言った。

「そ、そ、そうなのよ。私たちって役者じゃないから上手な演技なんて出来ないじゃない? 下手な演技では精霊たちを惹きつけて盛り上げる事なんて出来ないなー、なんて……」

 ユノノは目を泳がせながら言う。


「ユノノにもモリシーにも精霊そのものは見えていないのか?」

 フェルナンデスは唐突に問いかけた。

「見えねえよ」

「見えてないわ」

 二人は頷く。

「あー。なんでだろうな。その精霊がどうやら今のオレには見えているらしい」

「え?」

「うそ!」

「オレにはこの場に沢山の精霊がとどまっているのが見えている。そして、ユノノに纏わりついている精霊たちはユノノを励ましたり慰めたりしているように見える。ん?『ユノノはよく頑張ったのにね、よしよし』ってな感じに見えるぞ、どういう事だ?」

 フェルナンデスの言葉を聞いてユノノの顔はボッと紅潮する。

「そして、モリシーにも精霊たちは纏わりついてるが……。ユノノとは随分違うな。モリシーに対しては何かを煽っているような、バカにしてるような……。ん?『なにやってんだ野暮モリシー、行け行け、押せ押せ』ってな感じに見える。なんだ、これ」

 フェルナンデスの言葉をモリシーはポカーンとした面持ちで聞き、「なんだそれ。罵倒されながら応援されてるのか? 変なの」と言った。


 フェルナンデスはそんなユノノとモリシーをしばし交互に見つめていた。そして、何かを察した。息を飲み、目を見開いた。

「そうか。そうだったのか……」フェルナンデスは呟く。「オレ達は長く三人パーティだった訳だが、そうか。オレは抜けるべきなんだな」と。

「「なんでだよ!」」

 ユノノとモリシーは同時に叫ぶ。

「オレ達がどれだけ苦労したと思ってんだ!」

「あんたを切り捨てていたらこんな苦労しなかったわよ!」

 三人の冒険者が森の中で生み出す騒がしさは今しばらく収まりそうにない。

 沼の上の巨大な盆のような葉の中央部からまっすぐに高く伸びた一本の茎の先で、『ポンッ』と小さな音を立てて一つのつぼみが弾け、美しい花が咲いた。その花はフェルナンデスが持っていたものと同じだが、そこにバルバルの姿はない。


 三人の冒険者の騒がしさにあわせるように、その茎は揺れている。先端の花は自らの美しさを凛と誇っている。風の凪いだ沼の上で、咲いたばかりのその花は静かにじっと佇んでいる。


 ――終わり――

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野生の魔法陣 ハヤシダノリカズ @norikyo

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