キミが天使だから辛い。

都月奏楽

私は闇でキミは光で。

 私は恋愛をするには烏滸おこがましい存在らしい。生を享けて早十六年。今まで好きになった相手は振り向いてくれなかった。それどころか、女としてすら見てくれなかった。だから真っ当な出会いはもう諦めた。


 しかし人間というモノは欲望を抑えられないらしい。私はどうしても欲しかった。手にしたかった。世間一般的にはと呼ばれる手段や方法を使ってでも。


 花山はなやま光輝こうき君。年齢は九歳の小学三年生。九月五日生まれの乙女座。家族は御両親だけの一人っ子。好きな食べ物はミートソーススパゲティで好きな飲み物はレモンスカッシュ。趣味はカードゲームで好きなスポーツはサッカー。誰とでも仲良くなれる優しい子でちょっと天然気味な所が珠に瑕。だがそれがいい。

 私にとって光輝君はまさに天使の権化だ。この広場で毎日無邪気な表情と共にサッカーをして遊んでいるキミの姿は至高の芸術品に違いない。


 ……え? 何で光輝君の個人情報を知っているのかだって? 好きな人を知ろうとするのは当然の事でしょ? 何か此処ら辺りで最近不審者を見掛けるらしいから、光輝君に差し迫る魔の手から守護まもらないといけないし、光輝君の情報が多ければ多い程監視……じゃなくて観察する時に立ち回りやすくなるからね。



 それにしても光輝君は最高だね。光輝君が清流で優雅に泳ぐ錦鯉だとするなら、それ以外の男なんてドブ川の汚染水を啜ってるザリガニみたいなモンだよ。


 さっきも言ったけれど、私は何としてでも光輝君を自分のモノにしたい。その為の手段を私は持ち合わせている。それがだ。


 惚れ薬。モテない陰キャデブの私にも頭脳が一握りの天才級という才能が有ったらしく、ちょっと興味本位で開発してみたら出来た。これを飲めば忽ち刷り込まれた雛鳥の様に、直ぐ近くに居る人間に対して恋慕の情を起こさせる事が出来るというワケ。

 

 さぁ早速光輝君に飲ませよう。……と、言いたい所だけれど、何の接点も無い豚や胡獱トドみたいなチー牛女が話し掛けたら光輝君は不審がるだろう。直ぐに防犯ブザーを鳴らされてあっという間に御用。ブタ箱行きのコンボを食らってしまう。


 —―よし、ちょっくら20kg位痩せておこう。まずはランニング。そして食事制限。トドメに脂肪吸引と新陳代謝を上げる薬を少々……。


 取り敢えず余分な贅肉は消え失せた。しかし、久方ぶりに鏡で凝視してみると、まるで枯木の様な貧相な身体付きだ。これは酷い。光輝君は運動得意だし私より優位に立つタイプという可能性も有る。それは解釈違いだから何としてでも私が優位に立たなければならない。


 ――よし、ちょっくらジムで身体を鍛えよう。ベンチプレス。プロテイン。チェストプレス。サラダチキン。クランチ。ステロイド……。


 こうしてシャツを脱げば腹筋バッキバキ、上腕二頭筋に力瘤がモリモリのナイスマッスルになれた。ついでに光輝君と私の邪魔をする無粋な輩を抹殺する為の八極拳も体得した。


 ……あ、そういや光輝君は陰キャの私と違って真性の陽キャだった。挙動不審な言動を取ったら光輝君はきっと射殺す様な冷たい目線と共に「キモッ」とか言いそう。それはそれで何かに覚醒しそうだけど国家権力の犬おまわりさんに通報されるリスクは高い。


 ——よし。完璧なトーク術を会得しよう。話の構成力や提案力。コミュニケーション能力の向上。そして心理学にマインドコントロール……。


 光輝君を見張っている私に税金泥棒おまわりさんが例の不審者だとか何とか突っかかってくる。鬱陶しい事この上なかったからしておいた。何とか分かってくれたらしく、寧ろ私と光輝君の仲を応援すると言ってくれた。嬉しい限りだ。


――よし。限りなく百パーセントに近い成功率にする為、光輝君に相応しい女になる為にもっともっと頑張ろう。


 —―流石に陰毛みたいな髪型はダサいから縮毛矯正を当てて更にキューティクルを再生させる薬を染み込ませよう。


 ――音楽は洗脳するのにも有効的らしいしピアノかバイオリンか演奏出来るようになっておこう。


 ――絶品料理を作れるようになったら惚れ薬を仕込みやすいし、プロ料理人のレシピを盗んでおこう。


 あと、光輝君は——。



「おい、あんな子ウチの学校に居たか?」

「すげぇめっちゃ可愛い! 俺ちょっと話し掛けてみようかな」

「面白いし頭もいいし運動も出来るしホント憧れるよね~」

「聞いた? ウィーンでピアノとバイオリンのコンクール優勝したんだって!」


 ……よし。出来る限りの事は尽くした。これなら光輝君に近付いても問題無いだろう。此処までやれば出来るもんだなぁと我ながら感心するもんだ。


「すみません。あの、もし良かったら俺と——」


 うわっ、何か話し掛けてきた。最近の類人猿って日本語を話せるのね。此方も日本語で話しておかないと不作法というモノだよね。「すみません、今急いでいます(死ね、殺すぞ)」と返すと相手は分かってくれた。


「おいお前あのデブス女だろ、ちょっと痩せて可愛くなったからってあんま調子に乗ってんじゃ——」


 やだ、羽虫が飛んでる。これ以上公害撒き散らしたら世界中が不幸になるから殺虫しておかないと。という事で貼山靠。何か白目向いてるけど多分死んで無いから大丈夫だろう。


 全く、この世の中には無駄なモノが多過ぎる。だから地球汚染も環境破壊も解決しない一方なんだから。此処まで来るのにいつもより四分二十六秒も遅くなったじゃない。


「お疲れ様です!! 頼まれておいたレモンジュース買っておきました!」


 下僕おまわりさんからキンキンに冷えたペットボトルを貰い、惚れ薬を仕込んでいざ決戦の地へ。この曜日の光輝君は一人で広場の壁にサッカーボールを当てて練習してるんだよね。何て努力家で素晴らしい。将来はレアル・マドリードのエースストライカー間違い無しだね。


「こんにちは」


 少しばかり私は緊張しつつも、光輝君に話しかけた。すると、光輝君は太陽よりも眩しい笑顔を私に見せてくれた。


「やっと話し掛けてくれた!」


 光輝君が放った玉音の意味がどういう事なのか分からなかった。そして光輝君は玲瓏な声で更に続けた。


「お姉さんずっと僕の事見てたよね! 僕とサッカーしたいのかなってずっと思ってたんだ! 一緒にやらない?」


 ……嗚呼、光輝君。キミは私の想像を遥か先へ行く程の尊き存在なんだって今の今まで気付かなかったよ。何て私は愚かで、浅はかで、矮小な女なんだろう。惚れ薬こんなものなんて最初から要らなかったんだ。


「……何で私だって分かったの?」

「分かるよ! だってお姉さん、運動とか勉強とかずっと頑張ってたんでしょ? 僕も見習わなくちゃって思ってたんだ!」


 光輝君、それは違うよ。私は、光輝君にそんな称賛される価値なんて無い、光のキミの為ならありとあらゆる手段を使ってでも篭絡しようとするクズに値する闇の人間なんだ。だから光輝君。私は——。


「……キミの事、私に教えてくれないかな?」

「うんいいよ! 僕にもお姉さんの事教えて!」


 最初からキミの事を好きになろうと思う。そして本当に愛し合える二人になりたい。そんなワケで惚れ薬を廃棄し、私は光輝君とサッカーを始めたのであった。


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キミが天使だから辛い。 都月奏楽 @Sora_TZK

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