愛夏之Life

届川シゲル

第1話 家電店のクーポンで気づく、之さん自身の誕生日

之「お気に入りのスマホカバーが、見つからないよ~……」

 彼女の名前は、愛夏 之(あいか の)。

 近所の家電店を何件か周り、スマホカバーを探している。今までのスマホカバーは、白く柔らかい生地に、下の方に緑の植物がプリントされたものだった。

 一年使ったので、新しい気分で生活しようと思い、自身のイメージ・カラーである白とピンクの色合いの、スマホカバーを探し歩いている。

之「やっぱり、格安スマホだし、あんまり有名なブランドじゃないから、お店に並ばないのかな……? 買ったのはケータイショップじゃないし、今のカバーも、ネットで選び抜いたものだし……」

 一軒目、二軒目ともに、スマホのコーナーは入ってすぐの所にあった。しかし有名ブランドのスマホカバーなら、いろいろな色、いろいろなデザインの物がある。

 之の持っているスマホのカバーも、コーナーとしてはあるが、小さく少ない。

 之は、両手を後ろに上げ、ストレッチで伸ばしながら、東へ向かって歩く。もうすぐある曲がり角を左へ曲がれば、自宅への帰宅ルートだ。

 高校やショッピングセンターに停まるバスが、之の近くを通りすぎる。この道は、ショッピングセンターができたために舗装し直した広い道。

 この十二月の季節では、点々をとしている畑らしき空き地に緑の作物が無い。本業が農家でないから、趣味での冬の野菜作りは、つらいのだろうか?

 之は、悩みながら、数少ないアイディアを絞り込む。目を細くし。一つのアイディアに焦点を合わせ、目を光らせる。

之「……。……仕方ない、今回も、ネットで買うか?」

 現実の店舗に無い商品も、ネットなら、幅広く品物が用意されていることもある。たぶん注文後の製作になるだろうから、発送まで一〜二週間はかかりそうだが。

 軽い気持ちで始めた、店回り。今日は、特に急ぎの用事があるわけではないが、次の店にも無い気がしてきた。どうしよう。帰ろうか。

 人とすれ違いそうな気配がする。

之「あ! 励人くんだ!」

励人「ん? ああ、之さん!」

 気づいたら目の前にいた少年は、伊島 励人(いしま れいと)。

 一応、之の彼氏である。

之「今日は買い物?」

励人「ああ。母さんのお使いで、電気ポット買いに」

之「へー。私は今のスマホの、新しいカバー探して、電機屋を回ってたんだ」

励人「そっか。買えた?」

之「ううん……私のスマホ、大手のじゃないからか、無かった……」

励人「そっか……」

 少し空気が止まる。之は落ち込んでいる訳ではない。どちらかというと、励人の方が、少し考えていた。

励人「これからオレ、オーイエ電機行く予定だった」

之「あー、あの大きなショッピングセンター内の?」

励人「うん。色々と家から近いし。一緒に行く?」

之「一応行こっかな?」

励人「おっけ! 行こう!」

 之と励人は大きな交差点を右に曲がる。二人は歩いて、オーイエ電機へ向かう。

 少し歩くと、土地の高低差がくっきりしてくる。

 右手に広大な畑。左手に高い工業団地。

 境の広い道路の、歩道を歩く二人。多くの、色々な車が車道を通る。最近は、車の見た目も変わってきた。車体をギリギリまで広くした四角の軽自動車。独特の曲線がスマートな車。凸みたいな車は減ってきた。

 励人のポケットから、スマホの電子音が短く鳴る。励人はスマホを確認する。

励人「舞くんだ!」

之「珍しいね」

励人「たまにしかメール来ないから、逆に怖い……逆に、大丈夫かな……?」

 工業団地の一角の、砂利道の駐車場あたり。一度、スマホのメールを確認するために止まる二人。

励人「……。……。」

之「……。」

励人「……この前のゲーム実況の件だ。やっぱ、640の方が、後で編集がラクみたい」

之「……なんの話?」

励人「いや、ゲームの動画を、4対3に無理してでも変えないと、経験上あとあと後悔するって話。あとで凝った動画作るときにどうにもならないって」

之「……。うーん……。機械の話されてもちょっと……。内容が面白ければ、いいかな?」

励人「……まあ、そうだね」

 動画の専門用語を之に話しても、空気がしらけるか、面倒臭がられるか、悪い反応が読めていた。過去に何回も、動画の専門用語の話題と説明で、失敗してきた事を、ちゃんと学んでいる。

励人「取りあえず『サンキュー』ってノリで返事しとく」

之「そうね……」

励人「舞くん、メールもそうだけど、苦しんで集中できない時あるらしいのに、よく返事くれたよね……?」

之「うーん……私の時は、『朝は調子普通だぜ!』って言ってたような……?」

励人「今、午後……」

之「じゃあ苦しんでるかも……」

励人「……。」

之「……。」

励人(変な時間にメールしちゃった……)

 悩み心配する二人。

 摂津 舞(せっつ まい)は励人と之の同級生。

 彼は若くして、頭痛・めまいに悩まされている。

 励人よりも先に、ゲーム実況を行っていたが、体調を崩してから活動を控えている。励人の裏方役として立ち振る舞い、励人の動画に声だけ出演したりしている。

励人「取りあえず、オーイエ電機行こう」

 工業団地の広い道路の景色は変わり、道は狭くなる。点々とする民家の壁の、植木の枝が伸びているせいで、歩道がとても通りづらかったりする。

 ときどき、雑談しながら、移動する之と励人。之は、眼も笑いながら話を聞いている。

 ショッピングセンターに近づくと、道は良くなってくる。

 もともと車道は広かった。ショッピングセンターができる前後あたりで、周辺の道路はより整備された。

 ショッピングセンター内の入口のそばにある、オーイエ電機に入る二人。

 まずは、励人の電気ポットを買うらしい。しかし、商品の場所がわからない。

 このオーイエ電機は、たまに、大きく内装改装をする。その時展示品なども含めて、在庫処分も兼ね、大幅値下げもしている。

 ほんの数週間前までは、水平方向に均等に、商品が並べてあり、すぐ目的のコーナーまでたどり着けた。今は、縦横に入り組む、迷路のようなコーナー配置のため、商品の場所が分からなかった。

励人「しまった……改装後の時期にぶつかった……全然場所が分からない」

之「入口の地図、見ればよかったね……」

励人「店員さん、どこにもいないし……そもそも、店員に聞くのは、オレのポリシー反する!」

之(励人くんって、真面目そうだけど、不器用なんだか、人生に余裕があるのか、分からない時がある……)

 わずかに時間が過ぎる。同じ場面だが、之と励人は、別々のことで悩んでいた。

励人「天井付近の、各コーナーの目印。……ああ、あれだ。あっちにポットコーナーありそう!」

之「そこに無かったら、せめて入口の地図に戻ろうね……?」

 店内を、悩んでいた場所からまっすぐ進み、三つ目を左へ曲がる。

 電気ポットコーナーがあった。

励人「よし! オレの名推理!!」

之「……え?」

励人「え? ……あれだ、まあ、どのポットにしよう……?」

 格好つけたつもりが、之からは格好悪く見えた。はぐらかす励人。

 今日の電気ポットの価格は、三千円から二万円くらいの間だった。

 値札に添えられている機能表を、徹底的に見つめ、左右に移動し比較する励人。

 之は、右側からざーっと流すように、眺めながら移動する。

 気になる会社の名前を見つけた。

之「あ! これ、女子友の和歌町さんのとこの、製品じゃん!」

 和歌町 美和(わかまち びわ)も之たちの同級生。学生でもあるが、若くして和歌町財閥の研究員として、家業も手伝っている。そして背が高い。

之「へー。和歌町さんのとこ、電気ポットまで手広げてんだー」

励人「じゃあそれで」

之「え? なんで?」

励人「え? 学校で分からない所、教えてもらえそうじゃん?」

之「そうかな~?」

励人「大丈夫! なんかあれば説明書付いてくるし!」

之(励人くんって、不器用ね……最初から説明書読めばいいのに……)

 話が、わずかにずれる状態に、之は、もやもやしてきた。大丈夫なのだろうか。

励人「それはともかくとして、スマホカバーは?」

之「あ! そうだった! ちょっと見てくる!」

励人「会計の前あたりで待ってるね」

之「うん! 待ってて!」

 五分後。

 良さげなスマホカバーは無かった。

之(……ネットで買う)

 諦めと新たな決意を持ち、励人と合流する。移動中、之は少し負けたような、悔しかった。

 会計前に、励人は、ハガキのバーコードを読み取ってもらい、ポイントを受け取る。

之「あ。励人くんの、クーポン……。ああ! 今月私の! 誕生日じゃん!」

励人「……ああ! ホントだ!」

之「うわー、誕生日クーポンと、ポイント進呈券、家に置いてきちゃった~……」

励人「ど、どんまい……」

 之にとっては、店を転々と回り、ほどほどにウォーキングしただけで、一日は終わった。

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