第15話

 もうすぐ夏が終わる。


 猟奇殺人事件はヤマダが首謀者で、参加者を惨殺したのもヤマダという方向性で捜査が進んでいるとわざわざお見舞いに来てくれた婦警さんが私を安心させるように教えてくれた。家宅捜索の結果、過去に集団自殺をSNSを用いて持ちかけ、三人を惨殺した動画が見つかったらしい。


 相打ち、あんなんでよかったんだ。現場から兄が逃げたこともバレなかったらしい。私たちは多分すごく運が良かったんだと思う。でも兄が脳を持ち去っていたら、私はたった一人の生存者として何度も取り調べを受けることになっていたかもしれない。


 光希くんは集団自殺の集会開催者だった。


 そして光希くん主催の集会で出会ったヤマダ含め三人が、今回の猟奇殺人事件の関係者だった。それを知った時すごく驚いたけど、死にたい人を集めて結果的に生きたまま返していたとニュースで見て、光希くんらしいなと思った。


 私たち、結構近い場所にいたんだね。もし私がヤマダでなく光希くんと連絡をとっていたら、私は光希くんたちを殺したのだろうか。光希くんの脳を食べたのだろうか。以前の私にはわからなかった、海の泡になることを選んだ人魚姫の気持ちが、今なら痛いほどわかる。


 事件現場で意識不明だった女の子が亡くなって、光希君はすごく落ち込んでた。せっかく猟奇殺人の現場にいたのになぜか想定以上に早く警察が来ちゃったから、後一歩というところでギョウザくんからも白クジラちゃんからも脳は採れなかった。だから小瓶に脳はもうほとんど残っていない。


 ヤマダに刺された傷口は治りつつあったが、頭痛と手足の震えがひどい。もうこれが最期と思い、ずっと思っていたことを光希くんに言った。以前の私なら思っても言わずにスルーしてきたことだった。


 ちょうど光希くんにそれを言った直後、ひどい頭痛がして自分の病室に戻った。自分は全然人魚姫とは違うけど、光希君にはバレないように以前から考えていたことをしようと思う。ママみたいに醜く死ぬ前に。


 ヒモとお財布を持って病室を出ようとすると、パパが優秋と一緒に入ってきた。パパは脳の瓶詰を持っていた。これでまた生きることができてしまうのか……。


「連絡できなくてごめん。講演の後、ロシアのある機関から脳研究の打診があって、電波が入らない場所にいたんだ。ロシアは日本より研究の規制が全然緩いし、本当に人脳を使わない薬が発見できるかもしれない。ここだけの話、ロシアでは脳食症が増えて困っているらしい。ちょうど二学期からならインターへの編入もしやすい」


 パパが研究に没頭すると家族を忘れちゃうのは、いつものこと。日本にいたら、いつ私たちが人間を切り刻んでいたことがバレるかわからない。兄の目撃情報だって出てくるかもしれない。そして……もう少し一緒にいたら、光希くんのことを本当に好きになってしまうかもしれなかった。


 光希くんの周りには、病室で会った愛里アイリさんとか萌美モエミさんとか、ステキな女の子がたくさんいる。


 こんなに罪にまみれた病気の子を好きになってもらえるわけがないのに。


 脳食症の子は人を好きになっちゃダメだって、おばあちゃんも言っていたのに。


「パパに、着いて行く」


「爽夏が行くならオレも」

 兄が言った。



 次の日の朝早く、退院することになった。パパの仕事の関係で、できるだけ早くロシアに行かなければならなくなったからだ。


 傷口はだいぶ良くなっていたし、ロシアの病院で通院すれば完治するだろうと診察された。でも約束していたゾンビ映画、一緒に観たかったな……。


 光希くんと私の出会いは偶然だったのか、必然だったのか。多分偶然だったのだと思う。誰でもよかったのだと思う。そう思い込む。


 光希くん、ありがとう。


 脳食症の子じゃなきゃ、あんな事件、起こさなかった。


 でもあの事件がなければ、きっとちゃんと出会えなかったと思う。


 私の遺伝子が、大嫌いだった病気が、もしかしたら私たちを繋いでくれたのかもしれないね。


 私の罪は消えない。


 いつか罪を償う日も来ると思う。


 でも自分の人生は変えられると、もう一度信じて頑張ってみたい。光希くんみたいに。


 多分私にできるのは、いつの日かパパの研究を手伝うこと。


 そうなるとまずは苦手な数学の克服。


 もう学校に提出することはないけれど、暑かったあの夏の日、一緒に解いた問題集の続きの1ページを開く。

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アレのせいで夏休みの宿題が終わりません! すずらん猫 @Carpe_diem1

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