第14話

 自殺未遂を目撃してからというもの、なぜか光希くんが毎日生存確認をしに来るようになった。


「病院食がマズイの」と言ったら、つけ麺帝王のお土産まで。もちろんお金は払う。光希くんと呼ぶようになったのはホイコーローがおいしかったから。


 さらに光希くんが

「夏休みの宿題進んでますか?」などとお節介なことを聞いて来るので、一緒に方程式を解いたり日記を書いたり、爽(冷凍みかん味って何?みかん味と違うの?)を食べたりもした。


 嫌いになって欲しかったはずなのに、本当は毎日来てくれるのが嬉しくて、もう少しだけ夢が見たくなって、神様に甘えてしまった。


 こんなこともあった。自由研究のテーマを考えている時だった。


「そういえばもうすぐ父の一周忌なんです。自殺したんですけど、なぜ患者や家族の幸せを想って生きてきた人が、自ら死んだのかわからなくて。死とはいったい何なのか、死は本当に救いになるのか? ほかに救いはないのか?」


 飄々と言ったあと、光希くんは残っていた爽健美茶を飲み干した。私はなんと答えたらいいのかわからず黙っていた。


「ごめんなさい。自由研究のテーマには重すぎますよね。セミの生態とかにします」

 光希くんはそう言いつつも、少し寂しそうだった。


 光希くんがいつもポーカーフェイスなのは、表情を変えず平常心を保つことで自分の心を守るためなのかもしれない。


 辛いことがありすぎて身につけた処世術かもしれない。


 私が常に物事を深く考えないよう意識を閉じて自分を守るのと似てる。私の家もママはいないしパパは帰ってこないし、境遇もちょっと似てる。


 本当はそんな思いを伝えてみたかった。でもどう言えばいいのかわからなかった。ただ、光希くんの生きることに対する真剣さが、愛おしかった。


「セミもこんなに一生懸命鳴かなければ、もっと長生きできるんじゃないかな」沈黙に耐えられず、逆につまらないことを言ってしまう。


「そう言えばセミって、メスは鳴かないそうですよ。鳴くのはオスだけらしいです。あっ、昨日解けなかった方程式、解けてるじゃないですかやればできるじゃないですか?」


「センセイの教え方がよろしいので」そういうのが精いっぱいだった。


 そろそろ来る頃かな、と思っていた。そこへ玉美が病室に飛び込んできた。


「この近くのつけ麺屋で、瀬戸くんが刺されたって!」


「え? まさか死ん……‼︎」


「命に別状はないって」


「よかった本当によかった……」


「爽夏もよかったね」


「えっ?」


「爽夏、大好きだしいいやつだけど、笑ってる時も悲しそうな時も、本当にそう思っているのかわからない時あったから。今は心底瀬戸くんを心配してる感じがしたから」


 バレてた。そしてその上で大好きって言ってくれた。私も大好きだ、玉美。


「とにかく今の爽夏のほうが、いいよ」


「ありがとう……で、瀬戸くんは?」


「病院に運ばれたって言ってたけど……」


 行こう! 今すぐ! つけ麺帝王からもこの病院は近い。この辺りの救急対応の総合病院はここだけだ。傷口が開いても構わない。玉美と車椅子で受付に走る。光希くんは一つ上のフロアの病室に入院中とのことだった。




「こんにちは。ちょっと曇ってきましたね」


「刺されといて、なんで天気の話なんかしてるのよ!」いつものポーカーフェイスが見れて、泣きそうになった。

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