第13話
「大変だったね」
急に声をかけられて、現実に引き戻された。玉美がお見舞いに来てくれたのだった。
茶道の心得がある玉美は、夏の花々を野に咲く花のように美しく飾ってくれる。
そうだこの花をもう一度見るためにも、今日は見に行くだけ、候補地を確認するだけにしよう、そう思った。
屋上のフェンスを飛び越えると、夏空が広がっていた。日差しは強いけど、優しい風が体を撫でてくれる。遠くに海が見えて、青い空を白い鳥が飛んでいく。首吊りよりも迷惑をかけるけど、ここから飛び降りたら案外気持ち良く死ねるかもしれない。
「こんにちは。今日も暑いですね」
急に背後から話しかけられて、落ちそうになった。瀬戸くんだった。でもなぜここに?
しかしそれを聞く間もなく、レバニラとかバカボンのこととかを一生懸命話し始めた。ヘンテコなことを話し続けることで、自殺を思いとどまらせよう作戦? 他の人には全然刺さらなそうな内容だけど、私にとってはおもしろすぎた。
でも立って聴いているのも疲れてきたので、そろそろそちらの世界に戻して欲しかった。
今日自殺する気はあまりなく、万が一一人で戻れない時のためにスマホも用意してた。イチオシっぽいつけ麺帝王のホイコーローも気になるし、脳が無くなる夏の終わりまでは生きてみようかな、なんて思った。
手を伸ばすと、瀬戸くんが手を差し伸べてくれた。その瞬間半分遊び心で引っ張ったのだが、思った以上に勢いがついて本当に二人で落ちるところだった。
瀬戸くんの足が車椅子に引っかからなかったら、危ないところだった。でも神さまにまだ生きていてもいいよと言われた気もして、少し嬉しかった。生かせてもらえたのは、瀬戸くんのおかげかもしれないとも思った。
大きくて温かい手が、私の手を包み優しくひっぱってくれる。胸がドキドキしてきて、これは彼にとっては単なる人助けなんだからと何度も言い聞かせる。
瀬戸くんの手が大切そうに私の肩と、続いて腰を支えてくれた。最後にフェンスから足が離れると、少し車椅子が動いて彼に抱きつく感じになってしまった。
瀬戸くんは童顔なためか雰囲気が小柄だっただけで、向かい合うと私より肩幅も広いし背も高い。瀬戸くんが突然単なる同級生ではなく一人の男の子という感じがしてしまい、焦った。
全く今日の私は何をしているのか。
ありがとうと言おうと思って少し背伸びしたら再び車椅子が動いて、瀬戸くんの耳にほんの少し唇が触れてしまった。その上声が上ずってしまい、恥ずかしかった。
照れ隠しにゾンビのマネをした。
私に呆れてほしかったから。
そして私をもっと嫌いになって欲しかったから。
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