第12話
12時になった。ヤマダが最後のドアを塞いで行く。これで完全な密室になった。
ヤマダが何か言った。
「それでは、さようなら」
と唇が動いたように見えた。
その後ヤマダ以外の四人が一斉に口の中に何かを入れ、水で飲み込んだ。
一瞬、それまでうるさいくらいに鳴いていた蝉たちの声が一斉にやみ、逃げ場のない箱が静寂に包まれた気がした。でもそれはほんの一瞬で、蝉の声はすぐに耳元に戻ってきた。
五人が布団に寝転び10分経った。寝返りをうつものはいなくなった。みんなヤマダを信頼しているみたい。
人を信じやすいピュアすぎる人たちだからこそ、ここに集まったのかもしれない。それとももう最期だから、どんなことでも受け入れようということなのか。
ヤマダが動き始めた。まず全員が眠っていることを確認すると、なぜか百均などで売っている結束バンドを使って手足を拘束して行った。
ヤマダがナイフを取り出した。そしてみんなの腕やら足やらを傷つけ始めた。奇声をあげつつ血まみれになっている。
一体何が起こっているのか? でも私たちの犯罪を隠すにはこんなチャンスは二度とない。
ヤマダの他に複数犯いたら、危険なのでやめる予定だった。しかし相手はヤマダ一人。こちらは二人いるし、パパ仕込みで殺し方を見慣れてる。後ろを向いてる間に襲おうということになったのだった。
翌日は朝から、集団自殺現場が猟奇殺人現場となった話題で持ち切りだった。私は取材拒否したため、憶測でニュースが流れ勝手に記事が書かれた。病院内でも、私が事件現場にいたことがバレたようだった。
なんで生きているのだろ……一人で寝ていると妙に頭が冴えて、思考が深みにはまってしまう。
私は致死型家族性脳食症という、伝達性海綿状脳症の一種に罹患している。脳には解明されていないことがまだたくさんあって、この病気もよくわかっていないのだけど、人脳を定期的に摂取しないと発病する、人間版狂牛病みたいなもの。
第一ステージは頭痛、足の震え、発音障害。第二ステージでは全身の激しい震え、躁鬱、制御できない笑いや咆哮。第三ステージは上記の症状に加え、全身に赤黒い悪性腫瘍ができる。
第一ステージの段階で処置しないと、その後いくら薬を飲んでも進行は止められない。全身がガンで膨れ上がり、死ぬのを待つだけ。通常第一ステージ発病後、数ヶ月ほどで死亡。
脳食症は家族性が主だけど、両親ともに症状があっても子供がその血を受け継ぐかは不明。私は三歳には症状が出ていた。兄はまだ発症しておらず、脳を摂取しなくても実は生きられる。パパはそもそも脳食症の家系ではない。
脳食症の祖先の多くは、人間の脳を食べなければ生きられないという薄気味悪さから迫害され、殺されたみたいなのだけど、なぜか私と私の母はその血を受け継ぐことになってしまった。
ちゃんと届出を出せば症状を抑える薬はもらえるみたいだけど、届出を出したら四六時中監視や検査を強いられるモルモットになるのは目に見えている。
それに世間に脳食症がバレたら誹謗中傷の嵐で、家族親戚ともども家族から殺人犯が出た時のように普通の生活が送れなくなることが社会問題にもなっていた。だから父は隠した。
私が必要な脳は、一日小さじ一杯のたった六グラム。人脳の平均は1200~1400グラムと言われているから、大体一人から200日~230日分くらいとれる。
死んだ人の脳を手に入れられない限り、私が生きるってことは、誰かを殺すことと同義だ。ママが死んだ今、私も死ねば、パパも兄も普通に生きられる。
これまでも何度か自殺しようとしたことはある。でも準備を整えても最期の勇気が出なくて死ねなかった。
だから自殺は諦め意識を閉じて、いろんなことを深く考えないようにして生きることにした。人をかじって迷惑かけまくっても気にしない、ゾンビのように盲目的に。
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