漁火④ エピローグ
シロクジラという大物の搬入は困難を極める。
複数の小型船で曳航し、なんとか解体を行わなくてはならない。
とはいえこれは事前に大きさを推定して立てた計画通りに行えば問題のない作業だ。
今最も船団を困らせている作業は別にある。
「オイ!後ろ持ち上げ過ぎだ!」
「傾いてる!傾いてますって!」
「ええいアンタ達少しは息を合わせないかい!」
無線で喧しく声を荒げるのは銛撃ち3人。
これもまた大物を船へと運び込もうとしている作業の最中なのだ。
船の後部のハッチ、そしてそこにある滑走路を目指して3機のイサナトリが巨大な金属塊……サカマタを担いでいる。
「ふむ……?イサリビ機関が完全に停止したな。スタビライザーも動かん」
「クソが!あと少し待ってくれればよォ!」
「つべこべ言ってないで……フロド!機首側が下がってるよ!」
「ん?……ヤバイな。僕の機体もパワーダウンしてるわ」
「ちょっ!どうするんですかぁ!?」
「フィスク!気張りな!2機でなんとか運ぶよ!」
フラフラと担がれるサカマタと、離脱してひと足先に帰還を……目指して心臓の鼓動を早めるフロド。
その着陸はなんとか成功し、周囲では船員達が慌てて機体を端に寄せている。
フロドは機体から飛び降りてやって来るであろう、そう信じたいサカマタの様子を見ようとハッチに近づいて空を見上げた。
「行け……行ける……か!?」
「フロドさん!アレ!アレ大丈夫なんですか?!」
「知るかよ!他の機体も出して支えられねェのか!?」
不安げな顔で駆け寄って来たセファンと共に手に汗握り、上下左右に揺れながら近づいて来るサカマタを見つめて固唾を呑む。
「ここまで来たらそのまま降ろすしかないでしょうね」
見守る列にやって来たトルネがそう言って見上げる空では、あと少しという所までサカマタがやって来ている。
しかし不安定さはここでピークに達し、イサナトリで曲芸でもするような精密さを求められて……2機は急加速して勢いを付けサカマタを放り投げた。
「オイオイオイオイ!」
「ちょちょ!マズイですって!」
「離れて離れて!」
まともな投擲とはいかず、サカマタは空中でスピンして軌道は曲がり、丁度フロド達の近くへ飛来する。
巨大で重量も相応な金属塊だ。
当たれば死、それ以外に無い。
風を切る音と共に飛んで来たサカマタは……ハッチの端に衝突し、けたたましい音を立てて弾き飛ばされ結果的に滑走路へと落着する。
ガリガリと底面を擦り付けて酷い損傷を負わせながら。
「消化準備ー!」
「担架持ってこーい!」
獲物に群がる蟻のように、一斉に船員達がサカマタに駆け寄る。
火は出ないか、ハラネスは無事か、コクピットハッチは開くかどうか。
そんな心配を吹き飛ばすように、サカマタのコクピットが開く。
途中までしか開かなかったハッチを押し上げて、中からはハラネスが。
「オオォォ!生きてたぞー!」
「無事か!怪我は!」
「たっかい機体ぶっ壊しやがって!」
船員達から口々に歓喜が叫ばれて、しかしハラネスは普段通りの様子で周囲を見回しサカマタを飛び降りる。
そうして歩いてゆくのは走って来たフロド達の元。
「マジどうなる事かと思ったぜ!」
「俺もそう思った」
ケラケラと笑うフロドと拳を合わせる。
「サカマタどうでした?」
「やはり最高の機体だったよ」
目を輝かせるセファンと頷き合う。
「無事にがえっでぎでぐれでよがっだ……」
「待て、抱きつくつもりか?鼻をかんでくれないか……」
涙と鼻水に塗れて両腕を広げてにじり寄るトルネに顔を引き攣らせて距離を取る。
ともかくハラネスは無事戻り、目的であるシロクジラも仕留める事が出来た。
勝利に船団は湧き、ハラネスとフロドを称賛する声も飛び交っている。
この輝かしい勝利を持ち帰るべく、船団は母港を目指して舵を切った。
◆◆◆
スナドのデッキにて、4人が並んで夕陽を眺めている。
疲れ果て、ハラネスとフロドは座り込んで仕事終わりの一服を燻らせながら。
特に言葉を交わす事は無く、それぞれの感慨に耽って溜め息を吐いたり涙を飲み込んだりと思い思いに陽が沈む様を黙って見ていた。
そんな無言と緩やかな動作が流れる空間で、不意にハラネスが首元に手をやった。
首飾りを無理矢理に引っ張って、千切れる紐に構いもせずに夕陽にかざす。
連なった数々の骨片が夕陽に照らされ、かつての生き生きとした様を思い起こさせるようだった。
それを見てハラネスは満足して頷き、手にしたそれを空に向かって放り投げる。
「ちょちょちょ!?」
「おまっ!お前何やってんだ!」
「あー!落ちてっちゃう!」
ハラネスが無言で急に行った謎の行動に、むしろそれを見ていた3人が焦り出す。
デッキの端から身を乗り出して見てみれば、首飾りはもう粒ほどにも見えない遠くまで落ちていってしまっていた。
「大切な物だろ!何がしたいんだよ!?」
「俺の物なんだから俺の勝手だろう……」
「いや、でもそう簡単に捨てちゃっていいんですか!?」
「わ、私は時計投げたりしないからね!?」
「勝手にしろ。俺はやりたいからやっているだけだ」
疲れ果てて全てが面倒に感じているハラネスは気怠げに返事をして、なるべく早く黙り込もうとするがフロドが肩を揺すって休ませてはくれない。
「理由言えよォー!何も言わずに変な事すんの怖いんだよ!」
「はぁ……弔いだ」
大きく肩を下げる溜め息を吐いてハラネスはひと言そう呟いて口に煙草を運ぶ。
「もし俺がクジラだったなら、きっとシロクジラになっていた」
ハラネスは自らの行いを顧みて、そう思った。
ただクジラを殺す事に取り憑かれれば自分はどうなっていたのか。
そういったもしもの自分を考えて。
「アレは俺だった。ひとりで空を飛んで頑なになり続けた俺の行先、群れに敗れた俺の末路だ」
それは暗にこの場に居る3人が自らの側に居た事が影響を与えたと言っているのと同じ事で、フロドなどは特にニヤニヤと笑っている。
ハラネスはそれに何か言い返したりはせずにフロドを見て鼻で笑って最後のひと言を溢す。
「だから、そうはならなかった俺が弔ってやりたいと思った」
言い切るなりハラネスはより深く座り込んで黙り込む。
もう横になっても良い程の疲労だったのだ。
だが寝るには目の前で沈みゆく夕陽は些か眩し過ぎる。
これを前にしている間は大仕事を達成した後の余韻に浸っていられた。
「終わったな……満足か?」
「満足だ」
フロドの問いにハラネスは短く答えて、ただ少し楽しげに口角が上がっている。
「ただ体が、首や肩が痛い……」
「そりゃあんだけ衝突しまくったらな」
「特に最後のが効いている」
「体当たりか?助かったぜ、あん時はよ」
「いや、滑走路への不時着だ」
「そりゃ効くわ。お疲れさん」
「ああ、そっちこそ」
夕陽が沈む。
ただ生きる新しい明日の為に。
天つ海のイサリビ 相竹空区 @aitake_utsuku
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