第9話 煉獄の薔薇は嵐を呼んだ。
「「正正の旗、堂堂の陣を向かうることなかれ。」ですか。それもそうですね。」
大西洋某所。私は中空を浮いている。王立海軍、王立陸軍機動魔術師大隊、魔導騎士である近衛騎士15名、宮廷魔導士の半数である6名を相手取る。
わが国が誇る最精鋭部隊の半数が、私一人の逮捕のために動いているらしい。先ほど逮捕状を読み上げられたときはびっくりしてしまった。
この期に及んで討伐ではないんですね。
さておき、戦場で散ることができるなんて武人としてはこんなにいいことはない。先生の教えに背いているような気もするが、仕方のないことだ。
有史以来、いや先史時代からも、国家はそのほとんど滅んできた。
しかし、滅亡は運命づけられていない。千年王国は理論上可能なはずだ。
一方、人は絶対に死ぬ。ゆえに人にとって、生存は最上の目的たりえない。
どうせ尽きる命、有意義に使いたいではないか。
死を覚悟したとき、生存は目的から手段に変わる。
それが悲劇であることもあるだろう。
しかし、その裏面は命を賭してでも成し遂げたい夢が見つかったことの証左。
幸いなことに私は後者だ。
「懐かしい顔ぶれですね。皆さん、研鑽は怠らなかったようで、育てた甲斐があります。」
言うなれば私の古巣の面々。
昔居たところは直接の面識はない人も多いが、全体でいえば見知った顔が多い。
あの学長も見る目があります。ニュービーたちまで参戦してきているなんて、私の意図がすっかり読み透かされていますね。
「さて、お集りの皆さん、そろそろ始めましょうか。【白煙の魔術師】ことジョン=ホワイトの最終講義です。」
まったくこの老骨一人捕まえるのにここまで準備を重ねてくれるなんて、嬉しい限りですね。
「今日ここでお見せするのは、なぜ私が敵から【ホワイトアウト=ジョン】などとあだ名されていたかですよ。私は火の魔術師でありながら、水の魔術を扱える。さてロバート君、問題です。この2つの属性を併せ持ったとされる魔術師は、わが国の歴史上何人いたでしょうか?」
「マーリン、全属性を扱えた偉大なる魔法使いマーリン、ただ一人です。」
「そうですね、今まではそれが正解です。しかし、僭越ながら、以後は私も加えていただきます。」
圧倒的少数が無策で多数を相手取ることなどありえない。
私ははるか大西洋上まで逃げて来たのではない。待っていたのだ。
水の魔力を練り上げて海水を造形する。それは船というより、島だ。
上部がまっ平らな氷山を作り上げる。直径4㎞に及ぶ円上の島。
これだけあれば十分暴れられるでしょう。
どよめきが起こる。それもそのはず。長い魔術史で二人目の快挙。
そして今までの戦闘で水の魔術を使って見せたことがないのだから。
「油断しすぎですよ。数の利があるとはいえ、敵の指定した戦場にのこのこ現れないことです。」
艦船を壊すと今後の海防に支障が出るので、氷山の内側に空洞を作り、隔離する。内側から砲撃すれば、氷塊が降ってくるので撃てない。無力化したと言ってよい。
しかも船を人質に取った。大規模魔術は牽制できた。
みんないい顔をしている。それでこそ私が育てた子たちだ。
今日ここですべてを出し切る。
「ご無沙汰してます、先生。こんな形での再会は、予想外ですね。いや、普通にお会いすることはないだろうという点では、予想通りなんですけどね。」
「久しいですね、マリアンヌ。強くなりましたね。そして相変わらず、魔術が早い・速い・巧いの3拍子が揃っています。」
私に向かって【アイスランス】を大量投射してきた。そこに【ウォーターランス】を紛れ込ませて、誘導し、アイスランスの放物線を乱しながら。軌道を読ませない飽和攻撃だ。
「これは君には教えたね。ほかの人はよく見ておきたまえ。水は燃えるんだよ。」
氷の槍の先頭集団を水に戻し、水素と酸素に分解する。着火。
「これだけの規模だと、ボンッて爆ぜるのですね。実験室とは違いますね。」
爆風が氷と水の槍を吹き飛ばす。白煙が晴れて、視界が開ける。
「もらったあああ!あれっ!?」
間髪入れずにロバート君のパンチ。単なるパンチではない。体中の水分を魔術で加速させたことによりGを無視した超加速パンチとなる。
しかし、すり抜ける。転ばない辺り停止もできるらしい。これは将来有望だな。
「はっはっは、君もおじいさまに似て、勢いがあっていい。しかし、私はここですよ。」
なんということはない、光の操作で自分の姿を現出させただけだ。
本体は、近衛騎士に向けて爆走している。
「最近の近衛騎士は魔術に傾倒しすぎな気がします。もう少し非魔術戦闘をしっかり訓練させた方が良いと思いますよ。」
彼らは普通に抜剣しているな。少しお灸を据えてやろう。ここは空手だ。
得物を持っている相手には間合いを詰める。鎧を殴ると痛そうだから、投げるだけにしよう。
「おっと危ない。」
ロバート君が成長している。殴る前に声を出さなくなった。
「うおおおおおおお!? べ。」
違った。音速を超えて音を置き去りにしただけか、びっくりした。氷をへこませて転ばせる。しばらく休んでいてほしい。まだ挨拶が終わっていない。
「おや、ディズレーリ学長。学生までいるのは、やはり閣下の差し金でしたか。」
「ふっふっふ、あなたには手を焼かされましたからな。短くはない付き合いです。あなたの超えない一線くらいは見極められますよ。さすがに志願した者しか連れてこれませんでしたがね。」
「まったく、優秀な後輩を持つと楽ができてよいのですが、今回は心労が増えますね。」
「まあ、今回は敵側ですからな。」
「はっはっは、違いない。では、ごきげんよう。」
直径3メートル【ファイアーボール】で吹っ飛ばす。【ウォーターウォール】を蒸発させて爆発。彼も温度操作はできるし、泳げる。大けがはしないだろう。
「お初にお目にかかります。元グランドメイジ、ジョン=ホワイトさん。」
「おや、その呼ばれ方は最近ぶりですね。初めまして。宮廷魔術師の新参の方ですよね。たしか【英雄の墓守】。お名前は、アリス=エバーグリーンでしたか。その年でそれだけの技量がありながら末席までしか上がれないのはわが国の旧弊ですね。」
「…私をご存知なのですね。恐悦至極です。」
「ええ、任命式のとき、一目見て只者ではないと感じ取りましたよ。残念です、それゆえ、今日はお人形遊びにお付き合いできないのです。【白炎:葬送の白い薔薇】。」
「!?」
「失礼。その英霊3柱を降ろした氷塊は、私でも手に負えないのでね、糸から焼き切らせてもらいました。」
「神聖魔術まで扱えるのですか?」
「いえいえ、あくまで火の魔術です。これは闇夜を切り拓く安息の火ですね。」
彼女は死霊を操るネクロマンサー、その闇の魔力を焼き尽くした。
今日はもう戦力外だろう。残念なことに闇の魔術は専門外だ。
エドワード曰く、水の魔術の系譜らしいが、魔法の域を出ない。使える者は限られるからだ。
「さて、そろそろ終劇としよう。【マクスウェルの悪魔】。【火凰:太陰】。【花炎:煉獄の薔薇】。」
直径2㎞。赤い炎が一帯を覆いつくす。空から眺める者があれば、海上に深紅の薔薇が咲いたように見えただろう。先生の奥義にして最大火力の魔術。
さすがは精鋭。
自分の身を守るのみならず、気絶した戦友を爆風と熱から守り切った。
しかし、魔力をほぼ使い果たしたな。継戦能力は喪失したといっていい。
周りを見れば、周囲から熱を奪ったせいで氷の島がさらに大きくなってしまった。
「ん?まだ戦う気でいるのは、ロバート君かね。エドワードはよほど君をしごいたということかな?見上げたジョンブル魂です。」
「はっ。空元気であります。」
「まあ、君がいるならわがグレートブルタンは安泰です。」
「過分な評価であります。」
「謙遜は美徳ですね。」
土砂降りの雨。雷鳴が轟き、雷光が駆け巡る。大火力の反動。熱された空気は急激な上昇気流を生み、積乱雲を形成する。そして嵐の激しさは火力に比例する。
しかし、我らブルタン人の紳士は傘を差さない。
「ここらが潮時ですかね。」
「教授、なにか言伝はありますか?」
「君はおじいさんと違って、品のある言葉を紡ぎますね。遺言の間違いでしょう。」
そうですね。特に考えていなかった。既に死んでいる計算だったのだから。
「では、「グレートブルタン万歳」と。」
ロバート君は笑っていた。
まったく死に損なったな。いつ寿命が尽きるのは分からないのはよいとして、よもや自分の戦力まで計り間違えるとは、私も年だな。まさか勝ってしまうとは思わなんだ。
そうだ。このままアスティカの魔術でも調べにいこうか。
先生もご自分の祖国を追われるとき、こんな気分だったのだろうか。
後書き
無邀正正之旗、勿擊堂堂之陳。 孫子 軍争篇
正々堂々の語源らしいです。深堀りすると、究極の出典とかもありそうなので、言いきらないでおきます。
いったんこのお話は終わりです。外伝というか、ジョンがどんな戦いをしてきたのかの構想はあるにはありますが、いったん筆を休めます。
お読みいただきありがとうございました。
火の魔術師が孫子兵法を知ったら。 ~嵐の魔女ロズリーヌ=フランクールは今日もクールだ~ 戦徒 常時 @saint-joji
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