(二)―4
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龍馬はこの四月脱藩の罪を赦された。故郷に戻り懐かしい桂浜を見るのもまもなくだろう。だが永遠にそれができない男たちがいる。故郷はおろかこの世から追放された者たちだ。しかし、そういう仲間たちの思いを背負っているのはお前ひとりではない。
「……そいで前向きになれるのなら、存分にそう思えばよか」
一蔵の据わった声音に、龍馬と吉之助は目を見張り、顔を向けてきた。
「じゃどん、名前はしょせん、名前じゃ。世ん中が生きやすいか生きづらいかは、己ん力で変えるよい他になかとじゃ」
龍馬の普段は細い目が一層見開かれた。数拍をおいて、それは満面の笑みに変化した。
「まこて、一蔵の言うとおいじゃ。おいたちがここにこうしているのも、すべてはそんためじゃでの」
吉之助の言葉が過去を照らし出し、過ぎ去った日々を性懲りもなくまた思い起こさせる。この激動の時でなければ行くこともなかった土地、出会うこともなかった人々、そして背負うこともなかった使命がある。
歩き出しながら「後藤さの腹積もりは?」と尋ねる一蔵に、「それは、おいおい。立ち話でできる話しでもないきにの」と龍馬は、国を揺るがす盟約に関わる話をしているとは思えない穏やかな表情で答えた。
慶応三年六月二十二日。
京都三本木の料亭「吉田屋」で、薩摩藩の小松帯刀・西郷吉之助・大久保一蔵、土佐藩の後藤象二郎と坂本龍馬らが会談し、薩土盟約が締結された。
浮足立った突拍子もない挙兵計画などではない、大藩が明確に王政復古の実現に向けて踏み出した歴史の画期であった。
黒船来航より十四年。もつれにもつれ、幕府の力を削ぎ、あるいは衰弱の実態を露呈させ、反面無名で終わるはずだった若者たちを躍進させてきた歴史の流れは、この盟約を区切りとして最終局面になだれ込んでいくことになる。
(完)
刻の名、刻 小泉藍 @aikoizumi2022615
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