第五話「またいつか」

後日、なんてことのない『普通の家族外出』を楽しんだ。


ただ一つ違うのは、『次の機会がない』ということだった。


だからユキは遠慮しなかった。したら、絶対に後悔するから。



時刻はおよそ午前8時。


最初にユキたちは、父の手を借りて父の実家にまた挨拶に行った。

祖父母は何も知らないように振る舞って、ただただ気ままに接してくれた。


祖父が母のことを褒めて祖母に怒られたり、

父の昔のアルバムを見て父が恥ずかしがって慌てたりと。


終始わちゃわちゃしてだが、ユキはすごく楽しかった。



時刻はおよそ午前10時。


次に、近場のショッピングモールに行った。

色々なものを見て回った。


文房具、調理器具、家具、電化製品、工作器具、食料品、日用品……

それらの中から買ったのはほんの一部に過ぎない。


だがそんなものよりも一家全員の2度と訪れないこの時間は、

ユキたちにとって価値をつけることすら出来ない貴重なものだった。



時刻はおよそ正午。


ちょっと敷居の高い店で豪華な昼食を取った。

緊張し過ぎて、味はあまり覚えていない。


母は実家の育ちからか手慣れた様子だったが、父はユキ以上にオロオロと慌てる。

それがどこか可笑しくて、ユキと母は揃って失笑してしまった。


コース料理形式で順番に料理が運ばれてきた。

そのたびに父が反応するものだから、気紛らわしには事欠かなかった。



時刻はおよそ午後1時。


最上階にあった映画館に入った。

映画の内容ははっきりと覚えてない。


映画の制作者たちには悪く思ったが、数時間程度の映像その程度のものなど、

ユキたちには後からいくらでも確認できる。

代わりに、父がどのような反応をしているのかを真剣に観察した。


あまり表情に表れてはないが、所々の展開で雰囲気が変わっているのが分かると

映画を注視していないユキたちも、同じ心情になった気がした。



「「ただいまー!!」」

『ただいま』


全員で一緒に『ただいま』をした。


長い生来を共にした自家は相変わらずの無反応のはずだが、

ユキには『おかえり』という声が聞こえてきた気がした。


……時刻はおよそ午後4時。


日没まで、あと1時間に差し掛かった。



ユキと母は、父を囲んで抱き合って話をしていた。

背が非常大きいからか、人が二人抱きついてもスペースに余裕があった。


……だがその巨躯が次第に透けて、後ろのものが見えるようになっていた。



「……体、なんか透明になってる」

『もうそろそろ時間だということだろう、自分のことだからかはっきりと分かる』


「……なんで、あなたは現世に戻って来たのかしら?」

『分からない。気づいたら思い出の場所ここにいた』


それらの応酬は、変わらず言葉と文字で行われていた。

だが、当人たちはそれを不自由とは感じていなかった。


「……お父さん。私、頑張るよ。胸を張って生きる。生き抜いてみせる。

 だから、あっちでずっと見ててね」

『ああ、応援する。……アヤカ』


「なぁに?」

『すまなかった、こんなことになって。あのとき私がもっと気をつけていれば……』

「良いのよ、別に」


アヤカが、セツを抱きしめる力を強くする。


「あなたと、こうやってまた話ができたから。……あの時、私が気を引いて無かったら。

 あなたは衝突事故に巻き込まれ無かったかもしれない。死ななかったかもしれない。

 でも、そのことを恨んで無かった。……それだけで十分よ」


『何を言う、そんな訳あるまい。君は最高のパートナーだ。

 それにユキがこんなに立派に育った。私は、誇らしい』


「……セツ」

「……お父さん」


ユキは本当にズルいと思った。


もっと時間が許してくれるのであったら、

「なんでそんなに私たちを揺さぶる言葉がスラスラと出てくるの?」と問い詰めたかった。


でも、もう残り僅かだ。


先ほどよりも、よりはっきりとセツの体が薄くなってきている。


キュウ


ユキも、母と同じように抱きしめる力を強くする。

父はそれを優しく受け止めて、同じように自分からも抱きしめた。





途端に二人の体が支えを失って、崩れ落ちた。



その家にはもう、抱き合って号泣している母娘しかいなかった。



ーー数年後ーー



「ユキ、本当に大丈夫なの?忘れ物は確認した?」

「大丈夫だって。もう20歳大人になったんだし、そんなに心配しないでよ」


振袖を見に纏ったユキが、母に対して少し口を尖らせる。


「ダメよ、気を抜いちゃあ。今日はとっても大事な日なんですからね」


そう。今日は、ユキにとって初めての成人式である。


ユキは既に20回目の誕生日を迎えていたが、

式についてはこれからだ。


「……良し!大丈夫ね。行きましょ」

「うん、お母さん」


持ち物確認はOKだ。


というか、そもそもそんなに持ち歩くものなど無い。


案内状、カメラ、ハンカチ、小銭入れ……


成人式だからこそ、必要最低限で固めたレパートリーだ。



それらを持って、家をあとにする。




ーーそのとき突然、ふわっとした風が吹いた。



ユキは後ろを振り返るがそこには当然誰もいない。


「……いってきます、お父さん」


ーーだが、何故か大好きな父に見守られているような気がした。


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[短編]ゴミ捨て場の大男 夕焼けのかげ @yuyakenokage

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