――ワスレナイ――

トム

――ワスレナイ――



 ――これはかの独り言――



 進化の最終点は『淘汰』と誰かが言った。


 それは環境適応出来なかった種の絶滅を意味し。適応したものが残り、出来なかったものが消失するという生物的進化論の一つ。……では概念的進化の究極はどうなるのか?



 その最終到達点は――虚無――。



 ここで言う虚無は、所謂『虚無感』等と言った印象ではなく、仏的用語に用いられる『虚無』=『無限』で在ること。「世はすべからく無常」や、世界そのものに隔たりはないと言うものだそうだ。


 ……スマホの検索を辞め、ベッドの隅へとそれを放り投げる。


「……何が一つだよ。……無常って一体何のことだよ」


 ボソリとそれだけを言葉にし、布団を頭から被って膝を抱える。


 殴られた腹は鈍痛が続いている。顔も痣になっているだろう、弁当は教室に着くなり取り上げられて、ゴミ箱にぶちまけられてしまい、水道水以外口にしていない。




 ――今日も同じ事の繰り返し――。


 こんな状態になってもう一年以上が経つ。始まりは些細なことだった……。期待に胸を膨らませてその校門を潜り、初めての教室で、初めて見る顔ぶれで。あいうえお順に座った席で順番に行った自己紹介で、緊張のあまりに少し噛んでしまっただけなのに……。確かに陰キャなのは認めるし、顔だって良くないのは自覚している。



 そんな自分を変えたくて、誰も自分を知る人間の居ない学校を選んだのに――。


 クソクソクソクソクソクソクソクソクソ!


 存在が有害? 同じ空間で息をしたくない? 


 てめぇらが害悪だよ! 息したくねぇなら、窒息してしまえばいいじゃねぇか!!


 抱えた膝の先に握った拳が白くなる程きつく握りしめ、気づけばボロボロと大粒の涙が頬を伝っている。ぐっと歯を食いしばると、頬についた痣に鈍痛が起き、その痛みに悔しさがまた増して、こぼれる涙がまたあふれてくる。


 ……自死ならとうの昔に考えた。が、それは結局出来なかった。自分が悪いことをしたわけではない、なのにこの状況から逃げるためだけに自分の命を粗末には出来なかった。……いや、正直、寸での所でしまっただけだ。



 なんで、なんで、こんな苦しい思いをしなくちゃいけないの?


 何も、誰にも迷惑なんてかけてないよ。


 辛い気持ちだけがどんどん先行し、何時しかまた同じ思考のループに堕ちていく。



 ……なんで生まれるの?


 ……なんで生き続けるの?


 何を知りたいの?


 ただ藻掻いても答えは自分じゃ見いだせなくて。


 ――死は至上?


 では何故死は怖いの?


 あぁ、またかが頭の中で話し始める――。



 ――自分の弱さを他人には知られたくない。


 他人は汚くてズルい……。


 でもそれは人が生きる為に持った本能で……栄えることが出来た理由の一つ。


 他を拒絶し文明は起き、人を欺いて増えることが叶ったのだから……。



 ――神が人を創った? 人は神に似せて創られた? ……神は何のためにこんな醜い生物を――。


 ――どうして。


 どうして人は醜いの? なぜ優れたいの? 何故誰かより上に立ちたがるの?


 ……人は弱いから。それを自身で知っているから。


 他者も同じだと理解してるからこそ、傷つけ、自分を先に守ろうとする弱くてズルい生き物――。



 人を嫌うんじゃなくて。求めるんじゃなくて。


 ただ在るという事。一人では無いことを知ればいいんじゃないの?


 寂しいの? 哀しいの? 苦しいの? 



 人を知るのは怖いことだと。傷つくのは痛いから……。



 ――自分がずるくて恐いのを知っているから――。



 ――答えなんて始めから存在しないのかも知れない。自分を守ってくれる殻なんて無いのだから。……そうして自分は常にただ傷ついていくだけ……。


 痛くて。


 辛くて。


 苦しくて――。


 だけど誰のも守って貰えないから……。


 


 ――



 それは、自分が一番痛いんじゃないの? 自分で自分を守るより、誰かを守れば……。一人では無理でも、心から願えば、あるいは――。



 欲しいのは答え? 欲しいのは安心?


 欲しいのは『殻』


 強くて決して割れることのない殻。


 そこに閉じこもってさえ居ればから守って貰え――


 それは嘘!


 自分を守れるものは自分自身の心――。



 既に誰が話しているのか、まるで禅問答のような意味不明で理解し難い言葉の応酬は、既に混濁し始めている。



 産まれて……。          何を残すの?

 生きて……。           何かを残したいの?

 笑って、泣いて、怒って……。   何を知りたいの?     

 苦しんで、出逢って……。     何を求めるの?

 別れて……。           それは必要?



 死んで。


 忘れて。


 意味があるのだろうか?





 ――受け入れる事。


 知ること。


 見ること。


 総てを忘れてしまうこと……。



 出来るかな。


 忘れて……良いのかな。


 その時……僕は……なのかな――。



 体の痛みに耐えながら、心の中でダレかと本音だけをぶちまけあって居ると、何時しか意識は朦朧とし始める。……いや、恐らくもう既に眠り始めているのだろう。当然だ、この部屋には自分以外存在しないし、この声だって頭の中でしかしていない。つまりは総て自分の一人芝居で、眠れない辛さを紛らわせるために行っていることに過ぎないのだから……。



 


『――良いんだ、今はこうしてんだから』


 ……ふと思考の中に誰かの言葉が聞こえたような気がしたが、その時の思考はゆっくりと、静かな海の底のような場所に沈んでいっていた。






~完~





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

――ワスレナイ―― トム @tompsun50

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ