第3話

そこからの両チームの気迫のぶつかり合いは凄まじいものだった。

俺たちのチームは7回に1点、8回にも1点を返した。しかしまだ1点の点差があった。この回、9回裏になんとか点を取らなければ、負けだ。


しかし、俺たちのベンチに焦りは全くなかった。

極限状態の彼らの目の奥では勝利の二文字がぎらぎらと光っていた。


現在すでに1アウト、ランナーは一人もいない。

「なんとか出ろぉ!!」

「粘れ!!」

ベンチから部員が声を張り上げる。

その光景は、かつての先輩が負けて、引退した最後の試合と重なった。


あの時から、どれだけの時間が経っただろう、どれだけの経験を積んだだろう。

ふと浮かんだ昔の景色の中に俺は静香の姿を見た。


「ね、甲子園、連れてってよ」

去年の夏、放課後の帰り道で言われた言葉。

そんな軽く言ったであろう言葉、その言葉が今になって背中を押す力となる。


カキーン


痛烈な打球が気持ちのいい音とともに外野の前へとはじかれて飛んでいく。

ベンチ、スタンドが一斉に湧き上がる。

球場はこの瞬間、確かに揺れていた。


俺の前のバッターがネクストバッターサークルから打席へ歩いていくのを確認し、ヘルメットを被り、バットを持ってベンチから出る。


一歩外へ出ると、陽の光が真上からこちらを照らしているのを肌で感じた。

まるで別世界、俺はその向こう側へ行くかのようにサークルまで歩いていく。


まさかここまで来れるとは思っていなかった。

ましてや自分の代でなんて。

しかし全く不思議じゃない、という気持ちもあった。

それだけ努力してきた、それだけ血反吐を吐いてきた、仲間みんなでだ。


だから、ここまでこれた。

みんなで乗り越えた、みんなで高く飛んだ、そしたらここにいた。

そんな感覚だ。


ガンッ

鈍い音とともに打球がサードに転がる。

微妙なタイミングで一塁ベースに滑り込んだもののアウトになってしまった。

これで2アウト、もう後がない。


なのに、打席に向かう俺はなぜかわくわくしていた。

深呼吸をする。

すると遠くの空にひこうき雲が見えた。

遠く、はるか遠くの空だったがなんだか手を伸ばせば届いてしまいそうな、そんな気がした。


一礼して打席に入る。

描くんだ、向こう側へ行ける放物線アーチを。

待ってろ、静香。

俺たちは行くんだ、この先の景色を見に。




ー完ー


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ファイナルアーチ わちお @wachio0904

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