第2話

太陽は最も高い場所に登っている。


3:0

バックスクリーンにはそう刻まれている。

自分の高校の名前が刻まれた方のスコアボードには0以外の数字は刻まれていない。


まだ6回、3点なんて逆転できる、と思われるだろう。実際に俺達もベンチでそう声を掛け合った。

枯れそうな声で誰もが叫んだ。

「まだまだぁぁ!」

「1点ずつ返してくぞ!」


しかし、そう叫ぶ度に俺の視界からは『3』の文字が遠ざかっていくようだった。

理屈じゃない、肌で感じ取った実力の差がそうさせているのだと、直感で分かった。


相手は甲子園にも数多く出場しているような強豪校。対するこちらはここまで勢い任せに突っ走ってきただけ。


実力の差なんてのはもとよりわかっていたはずだった。だからこそ今の勢いを持って叩こうとした。


今までそうやってねじ伏せてきたように。


しかし、今回はそう上手くいってはいなかった。

初回に1点、そして3回、5回に1点ずつ。

少しずつ離れていく相手の背中に比例して、こちらの勢いもどんどん落ちていく。


相手はびっくりするほど『いつも通り』の野球をしていた。恐らくそれを徹底して今までやってきたのだろう。


揺さぶっても転ぶどころか揺らぐことすらない相手に、こちらの勢いは本当に無意味に思えてくるのだ。


ガキンッ

バットの根っこにボールが当たる鈍い音が響いてグラウンドのグローブが一斉に動き出す。

「いっこ!間に合う!」


掛け声は内野から響き渡る。

ころころとサードに転がった力のない打球はあっという間にサードの手からファーストのミットに渡り、掲示板に赤色を刻んだ。


ベンチの指揮や相手のテンポの良さも相まって、ずいぶんとこちら側が無力に映っているような気がした。

_________________________________________


そこからアウトをもう2つ取られるのに、長い時間は介さなかった。


7回に移る前にグラウンド整備が挟まる。

その間は選手にとっては水分補給、作戦会議などのミーティングの時間として使える時間だ。


整備が始まり、俺たちのベンチはまた少し静かになった。

緊張感のある静けさではなく、ただ、焦りと疲れを孕んだ、気まずくなるような静けさ。


「おい、ちょっと集まれ」

監督がそういって俺たちを集めた。


「集合!」

掛け声に返事をしながら部員が監督の周りに円を描いて集まった。


そこからすこし間を開けた後、監督は口を開いた。


「7回だ。もう7回、だがまだ7回でもある。」

監督の言いたいことはなんとなくわかった。

試合が決まるには早すぎる、しかし焦る俺達には7回まではあっという間に感じるのだろう、と。


「青木!」

そう呼ばれ、あわてて返事をする。

「相手は大きく見えるか」

「はい」

正直にそう答えた。強がったって仕方がないから。


「そうだな、そう思うことは間違ってない。敵の大きさを見誤っては、勝てる勝負も勝てなくなる。間違いない、相手は強大だ」

そこで監督は一息置いてから再び話し始めた。


「だが、怖くはねえな。」


砂を巻き上げながら吹いてきた風が俺の体を横側からつついた。

はっとさせられたのもつかの間、監督は続きの言葉を紡いだ。


「客席をみてみろ」

その一言に全員がベンチの上に位置する客席を見上げた。

「まだまだぁ!」

「逆転だぞそろそろ!」

「頑張って!」


そこでは俺たちを応援しに来た地域の人、同じ学校の仲間、今まで数えきれないほど助けてくれた両親をはじめとする保護者、そして汗を流しながら必死に応援を続けるチアリーディング部の姿があった。

そこに並ぶどの顔も闘志と期待に満ち、いきいきとしていた。


「お前らが、我が校に前例のないような快進撃をみせ、破竹の勢いでここまで突き進んでくる過程で、我が校が、そして応援してくれる保護者達が、なによりお前らが、どれだけ盛り上がったことか。

この場で魂を燃やしているのは、お前らだけじゃない。

相手にとって『当たり前』でも、お前らにとって決勝ここは『特別』な場所だ。

相手はこれから思い知るんだよ。

『特別』ということがどれだけ周りの人の心を燃やし、またそれがどれだけの力に変わるのかを、な」

心が震えている。

円を描き並ぶ汗だくの顔にみるみると光が戻るのを感じた。

聞こえてくる数多の応援の響きが自分の鼓動が重なり、大きく脈打つ。


「お前らの武器はその打撃力、もそうだがなにより勢いだ!そうだろ?!」

「はい!!」

「そうやってここまで全チーム飲み込んで進んできたんだろ?!」

「はい!!!」

「だったらもうわかるよな、わざわざ負けてやるな、こっからなんだろ?!」

「はい!!!!」

「返事だけ良くても仕方ねーんだよ!!さっさと取り返してこいバカ共!!」

「っしゃあぁ!!!!!」


闘志が、みるみると戻ってきたようだった。

負ける理由なんてない、負けていい理由なんてあるはずもない。

忘れるところだった。











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