ファイナルアーチ

わちお

第1話

今日までどれだけの時を重ねただろうか。

バックスクリーンに『青木泰輔』の文字が刻まれるのを見ながら深く息を吸った。


俺の所属する高校の野球部は今年、凄まじい快進撃を見せ、なんと県大会決勝まで登り詰めた。


そう、つまりここは決勝の地、そして勝てば甲子園だ。


ここまで来れば嫌でも胸が躍る。

夢の舞台への切符はすぐ目の前にあるのだ。


相手校と同じようにウォーミングアップを始める。

行と列が絶妙なバランスを保ち整ったまま前へ進んでいく。


高鳴る鼓動を感じながら、今日までの軌跡を振り返ると、瞼の裏に青い空の下で流した数々の汗と涙がよぎった。


地面に膝をついて息をした時間が、手にできた豆を握りつぶしながら踏み出した一歩が、今俺達を頂へ連れていく。


勝たなければいけない、なんとしてでも。

それが少し前の時間を懸命に生きた自分から受け取った使命だ。

チームのために、自分のために、そして、今日来ていない、『あいつ』のために。


俺の頭の中で今も笑っている『あいつ』のいないスタンドに目を向けた。

本当にやってくれたな、と会ったら言ってやりたい。あいつは、幼馴染でチア部の静香は今日までどれだけの努力を重ねたことだろうか。


ほんの数日前だった、あいつが足を怪我したのは。練習中の怪我だったと聞いた。

これも真面目なあいつ故の怪我だと考えるとなんとも報われない気持ちになる。


チア部の引退は野球部と同じタイミングだ。

つまり野球部が負けた時、スタンドで応援する試合がなくなった時、チア部の3年生は野球部の3年生と共にユニフォームを脱ぐ。


そう、だからここで負けてしまえば静香を怪我に泣かせることになるということだ。


正直、今日勝つための理由なんてそれだけでも充分だった。


ここで終わっていい訳なんてない。それはお互いにそうだった。

甲子園に連れて行く、なんとしてでも。


このグラウンドに立っているのは、今日まで心の火を絶やさなかった選手達。

もちろん、俺も同じだ。

そして今、心の火は最も熱く大きく燃え上がる。


気持ちをたぎらせながらも、冷静だった。

やるんだ。

泥臭く、華やかに、全力で、

そして『楽しんで』。


澄んだ青空の奥の方で、大きな入道雲がこちらを覗いている。

静香も、どこかでこの空を見ているのだろうか。

まあ、見とけ。勝ってやるから。


ウォーミングアップもひと通り終わり、試合開始のときが近づく。

グラウンドの土が熱くなる一方で、ベンチの中は不思議と静寂に包まれているように感じた。


緊張を肌で感じて大きく深呼吸をする。


さあ、行こうか。

そう言って覚悟を決める。

あいつのラストチャンスを潰さないために。

これが、俺のスタートラインだ。

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