人間チーズ工場

高黄森哉

人間チーズ工場


『生きて腸まで届くホモ・サピエンス』


 人間チーズ工場、というのを知っていますか。人間を美味しく食すために、じっくりと熟成させた人間のチーズです。当サイトでは、我々の秘伝をこっそり大公開。人間チーズの手間暇かかる製法を知れば、我が社の製品のおいしさにも、納得いただけると思います。



『人間の品種』


 人間にはいくつか種類があることを知っていますか。大きく、黄色人種、黒色人種、白色人種、の三つがあります。それぞれ、黄チーズ、黒チーズ、白チーズが作られます。わが製品の人間チーズでは、その中でも、もっとも高級である、黄色人種のみを、贅沢に使っています。

 我が社のこだわりとして一つ、黄色人種の産地を厳選しました。それは太平洋に浮かぶ小さな小さな島。古くは日本と呼ばれていましたが、その地域の人間が最もうま味を有している、という研究があります。過去に出汁と呼ばれる習性があったようで、そのため、効率よく体内にうま味成分を取り込める体質が備わったとされています。



『人間の肥育』


 人間チーズに優れているのは、二歳までに去勢したオスの人間です。去勢したのちに、総排泄肛変換術を受けます。

 生まれた人間は、繁殖用と、そうでない用に分けます。そうでないようは、第二次性徴期前に去勢をしなければ、独特の臭みが出てしまいますので、判別からすぐに、手術を施行します。手術後の生殖器は、繁殖用の人間に、精力剤として賄われます。去勢をすることで、男性ホルモンの値が減り、肉付きが良くなります。

 餌やりは、動物愛護法に配慮して、ホースを用いて行われます。口の中に、ペースト加工した、高カロリーな肥育飼料を流し込むことで、肥満状態にさせていきます。また、嘔吐反応を軽減するため、口蓋垂の切除が行われます。

 最近では、胃に穴をあけて、そこへ直接、食事を流し込むことで、誤嚥や嘔吐反応を防ぐ、動物により優しい方法も考案されています。我が社では、今年三月から、導入予定であります。



『人間の加工』


 そうして、まるまると太った人間は、発酵の作業へと至る前に、前腕と後肢の一部、体毛のすべてを切り落としてから、専用の装置へと接続されます。総排泄肛から伸びるのは、排泄物を受け止めるホースです。食品の汚染を防ぐために、重要な工程の一つです。

 この状態で、人体はいよいよ、発酵倉庫に場所に並べられます。室温は三十八度と体温よりもやや高めに設定されており、また湿度は九十パーセントで保たれております。これは発酵の工程で利用される、発酵菌に適した環境です。また、人間にも適した温度であり、代謝の増進が望めます。



『人間の発酵』


 まず、お腹に三センチの傷を三つつけていきます。そして、その中に、発酵菌を塗り込んでいきます。そのさい、人間の排泄物も刷り込まれます。すると、その場所が鮮やかに腐乱していきます。紫でぶよぶよになった表面、縁はバラのように赤色であります。これが、第一段階です。

 三日もすると、傷口からクレーターのように筋組織が見え始めるので、ここで工程二つ目、人間を尿に四十時間浸します。そうすることで、全身がふやけ、菌にとって最適な培地が完成します。つまり、このめくれ上がった半透明な表面の薄皮が、食用菌にとって集合住宅のような役目を果たすのです。引っ越しが改良すると、分解作用により、皮膚の表面は細かく網状に穴が開きます。ここで、チーズ虱の投入です。近くで観察すると、チーズ虱が、その穴一つ一つから這い出てくる様子がわかります。

 それから三日後に、皆さんが良く見るあの姿が、ほぼ完成します。表面の皮膚がおいしそうな膿でまみれ、手で触ると、糸を引く、この食欲をそそる粘り。香りをかぐと、人間チーズ独特の深みのある、鉄分豊富な発酵臭が感じられます。膿と浸出液、血液が混ざった表面は、それだけでも美味しく、我が社では、パテでそれを集めて、瓶詰めにして販売しております。『人間チーズの汁』は、インターネットにて、お求めいただけます。

 ここまでで、形はすでに完成しているとはいえ、表面だけなので、これよりさらに細菌の感染を手助けしていきます。専用の器具を肛門から挿し、回転させることで、便の渋滞する腸をかき回し、腹部をスープ上に置換します。内部の腐敗が進んだ腹部は、ガスによって膨れ上がり、これを抜く作業が必要となります。また内部の内臓が混ざった、灰色のスープは、『人間の塩辛』として、別の加工が施され、販売されます。このころには、表面の工程が円熟期に入っていて、表面は緑色に、そして、肌にはオタマジャクシの裏側みたいな模様が無数に浮かんでいます。この渦巻き模様は、虱が巣を彫った後です。よくよく見ると、外周に渦巻きを掘り進む、幼虫の姿が見て取れます。こちらでは、タマゴを生んでます。タマゴを生んだ場所は、ニキビのように盛り上がりますが、ニキビとは、粒粒が入っている違いで、容易に区別されます。



『製品』


 我が社の製品は、生きて腸まで届くことを、目的としているので、発送からは、なるべくお早めに召し上がることを、おすすめいたします。生きたまま腸に届くことで、人間は、様々な役目をします。腸内のひだの掃除、ガスの体内処理、難消化性植物質の処理などなど。

 人間は生き物なので、冷蔵庫や冷凍庫よりも、常温での保存が適しています。人間は自己食作用により、半年はパックの中で生きながらえることが出来ます。しかし、この場合、人間は干物のように痩せてしまうので、やはりお早めにお召し上がりいただくことをお勧めします。



『お客様の声』


――――― うん、表面の膿が全然違う。この肛門の匂いを凝縮したような、濃い、うま味成分が、口の中にねっとりと絡みついて、これが非常に美味。また、チーズダニが舌で細かくざらざたと転がり、これも独特な触感に寄与している。ちょっとイクラぽいかな。皮膚の吹き出物やニキビに、虱の数が多いね。ここをこうやって、集めて口に頬り込む。歯の上で弾力を感じる。それから腹の方、切り開くとイカ飯の断面みたい。この粒粒はなんだろうね。どろどろに溶けた膀胱から、さっとアンモニアがまず香って、その袋を舌で潰すとジュワワワワって尿が溢れてくるの。それを飲み干すと、胃酸の味がするよね。多分、胃が膀胱の中に入ってたんだと思う。胃の中のゲボが酸味があって、よろしい。今日はどろっと大量に入ってたな。これはあたりだ。それから腸と、その中身の苦い感じ。白米に似た、ころころとした粒。これはどうやら、未分解の便みたいだね。その粒粒が、ほろほろと口の中で解けて、まさに贅沢だ。でも、この苦みがうまく、アクセントになって、ちょっとしょっぱすぎる体内のワタを軽減してくれる。頭の方は目玉をほじって食べる。ほおら、こんな風に。スプーンでえぐると綺麗に取れます。新鮮だから、眼窩の神経がまだ動いてる。引っ込んだり、伸びたりする。くるくるくるって、目玉を動かしていた筋肉が巻いてるね。これをひっぱると、とれました。これもうまい。神経もぴちっと引きちぎって食べる。うまい。それよりも目玉だ。うーん、見た目よりも弾力があるね。なかなかつぶれてこないかんじ。この味は食材で言えば、消しゴムに似ているかなあ。高級な消しゴムの風味。珍味だね。耳をほじろう。ごっそり取れた。これは巨大な耳糞だ。ぱくっ。うまい。よし、次は鼻くそだぞ。

 これでも、人間って生命力が強いからまだ生きてる。これをこのまま飲み込む。すると、腸まで届くってわけ。友達の話だけどね、ちょっと食事の話から、下品な話で申し訳ないんだけど、お手洗いの便を観察したらまだ、動いてたんだってさ。いやあ、やっぱり野生動物の生命力はすごい。

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人間チーズ工場 高黄森哉 @kamikawa2001

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