ゼンリョク
ナナシリア
ゼンリョク
俺は全力を知らない。
明日、明日と先延ばしにし続けて、失敗が怖くて自分の好きなことに夢中になることもなく――
目の前に迫った終わりが、後悔をかきたてる。
暗闇と眩しい街の光の間に割り込み、俺へと一直線に向かう白い光、その後を追うように黒い車がこちらへ走ってくる。
世界の速度が、何段階も遅くなる。
俺は必死に手足を動かしたが、その動きもままならず、もっと速く動けと叱咤しても遅く動き、もどかしい。
もはやここまでかと手足から力を抜くと、待ち構えていたかのようにこれまでの後悔が先ほどより激しく脳内にフラッシュバックする。
日差しが暖かい。その陽気から一見春のように思われるが、確かここは冬の暖かい日の学校からの帰り道だ。
久しぶりに、剣道がしたい。
大人しく剣道をやっているクラブに顔を出せばいいだけなのに、途中で剣道部を退部したことが思考の片隅をよぎり、尻込みする。
退部と剣道クラブにはなんの関わりもないが、剣道部を辞めたのに来たのか、と責められる未来が見えて、いつか行こう、と後回しにした。
冷たい空気が指先を冷やす。冬の下校後の話だ。
そろそろ受験勉強を始めよう、始めればすぐ軌道に乗るはず。
そう思うも、なかなかベッドから身体を起こすことが出来ず、横たわったままスマホを触り続ける。
学力は今目指している学校に少し足りず、されども少しなので、克服するべき課題を克服すれば合格可能性はぐっと引き上げられるはず。
それなのに、俺はまだベッドの上。
夕暮れの寂寥がいつもよりも寂しく感じられる。秋、家での話だ。
小説を書こう。
脳内に言葉だけが浮かび、書こうと思う原案も、いつか書こうと思って放置され続ける。
物語だけ想像されて、文字に起こそうと思ってもなかなか進まず、今日はもういいやと放り投げる。
書けばきっと、俺も満足できる作品が作れる。そう思うのに、上手く言葉が綴れない。
はっ、と意識が現在に引き戻される。
強い光の発生源と俺の距離は、もう測ることも出来ないほど近くなっていた。
瞬間に俺の身体を揺らした衝撃は、予測可能、回避不可能。
なにを思う間もなく、衝突によって普段通りの速度に引き戻された世界の中で、俺の身体がぽーんと宙を舞う。
声を上げたのは男性か女性か、周囲の喧騒が煩いが、なにをすることも出来ず、地面に落下する。
二度目の衝撃で、何本の骨が折れただろう。
身体が圧迫されて息が吸えない。
水面を彷徨っているみたいだ。
脳裏を駆け巡るのはこれまで成し遂げたこと。
いや、違う。
俺が知りたいのはそうじゃない。
俺の言葉に応えるかのように、今度は後悔の数々が見せられる。
まるで映画を見ているみたいだ。
ずっとこのままいたい。
いや、違う。
俺にはやるべきことがある。やりたいことがある。
静かな世界にまず最初に取り戻されたのは騒音だった。ざわざわ。
次に、眩しい光が目に入って、目を細める。白い。
清潔な匂いが、つんと鼻を刺す。
布団だろうか、手に触れる布がやけに重い。
背中を押し返す硬い繊維の塊が少し不快で、身体を起こす。
今度こそ、ゼンリョクでやろうか。
ゼンリョク ナナシリア @nanasi20090127
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