ドラマーIN US#12 にわか木こり生活

矢野アヤ

にわか木こり生活

 次男が自宅でのオンライン授業を終え、大学の近くに友達と三人で家を借りて我が家を出た。夫と私は25年振りに二人の生活に戻った。そこで、今まで手を付けられなかった大型プロジェクトに取り組んだ。というとなんだか聞こえがいいが、要は長年見て見ぬ振りをして来た家の手入れをようやく始めた。

 まずは半分の枝が枯れ、みすぼらしい姿をさらしてきた裏庭のオークの木を切り倒すこと。計五本。専門の業者に頼むと一本二十万円近くする。隣家に来ていた業者の作業を観察し、これなら出来ると、まずは大型チェーンソーを買う。次にワイヤー。大型ハシゴは近所の友人に借りた。

 まずは夫が、倒したい方向の反対側にチェーンソーで三角形の切り込みを入れ、三角の部分を切り取る。次に、ハシゴで木の上部に登りワイヤーを巻きつけ、反対の先は車に括り付ける。夫は、切り込みを入れたのと反対側にチェーンソーを入れる。私はエンジンをかけた車の中で待機する。夫の合図をサイドミラーで確認しつつ、バックミラーでワイヤーに引っ張られて傾斜するオークを凝視する。ほんの軽く、アクセルに置いた足に力を込めて、わずかに引っ張りながら、チェーンソーが木を切り終えるタイミングに合わせて、一気にアクセルを踏み、木を倒す。遅れると違う方向に倒れるし、早いとワイヤーが外れるが、チェーンソーが一度入るともう、やり直しはきかないのだ。

 単純なのだが、ワイヤーの長さ、木と車との距離とタイミングが命。方向を間違うと家が潰れる。何しろ初めての経験で、何が起こるかは未知数。超集中、神経を研ぎ澄ませる、ということをした。

 

 メリメリメリメリ・・・・・  ズドン。(✖️5回)


 思ったよりもゆっくりと、予想通りの方向に倒れてくれた時の安堵感!(✖️5)その上かなりの節約になるのだから、こんなに達成感を味わったのは久しぶりだった。倒れた木を測ると、最長は20mを超えていた。

 命の危険?家(もしくは隣の家の塀)崩壊の危険?を冒して節約した分は、ハウスシェアをする息子の部屋代(一ヶ月一部屋22万円なり)にあっという間消えたが、まだ切り株と枝が山盛り残っている。次のプロジェクトは薪ストーブの設置。これらの木を燃やして、高騰する暖房費を抑える。こう聞くと皆は気の毒がり、大変がってくれるのだが、実はかなり楽しんでいる。 

 流石に二度は神経が持たないが、一度はやっておくと、人生の幅が広がるくらいの面白さがある。そしていくつかの新しい発見も。何しろ、広がった枝の量が想像の軽く10倍を越す。木を切り倒すより、枝を落として薪にたどり着くまでが、数十倍の時間と手間がかかるのだ。手に負えないほど四方に広がり絡まり合う枝先を、できる限り高く、遠くまで投げて積み上げていく。これをひたすら繰り返した夏。天日で半年乾かしたら、よい薪になりそうだ。

 渡米した頃は、家の修繕など何でもやってしまうアメリカ人に驚いたものだが、今では驚かれている。残るは大量の薪割り。息子たちは呆れているが、誰のためだかわかってない! 次男の大学生活も残り数ヶ月。


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