殺人鬼とボトルメールと100万人の探偵

夏目咲良(なつめさくら)

殺人鬼とボトルメールと100万人の探偵

『コノテガミヲ、ミタラ、スグニ、ケイサツへ。ワタシハ、ムジントウニ、カンキンサレテイマス。バショハ、○○ジマカラ、ミナミ、300キロ。イッショノ、ユウジンフタリハ、コロサレマシタ。ハンニンハ、オトコ、ヒトリ、ソレシカ、ワカリマセン。ワタシハ、テガミヲボトルニ、イレテ、ナガシマス。ダレカ、タスケテ!』


ゴッ!

 振り下ろした岩が頭蓋骨に当たる感触がする。完璧な手応えだった。

 下着姿の女が後頭部から血を迸らせながら、ゆっくりと前のめりに倒れていく。

「……チッ」

 しかし、私にとって単なる『肉の塊』と化した女のことなど、もうどうでも良かった。問題は女が直前に島の断崖から海へと向かって投げたペットボトルだ。

 その目的、ボトルの中身は考えるまでも無い。私は、ボトルを回収するべく断崖を後にする。

『肉』はまた後で片付ければいい。

 完全に油断していた。友人二人を目の前でバラバラにしてやったので、とうに

心が折れたと思っていたのだが、どうやらずっと助けを呼ぶ機会を伺っていたらしい。そういえば、高校時代に『やり投げ』をしていたと連れて来る前にパーティーで

話していたな。投てき力も心もその時に鍛えたという訳か。まあ既に無用の長物となってしまったが。

 私は通り慣れた道を進み、浜辺へと向かう。潮の流れに乗って、沖の方までボトルが流れたら厄介だ。そう考えていたその時。耳障りなエンジン音が聞こえた。

 まさか!

 私はスピードを上げ、草を掻き分けながら浜辺へと向かい、その直前で停まった。森の木々に身を隠しながら様子を伺う。無意識に舌打ちが出た。

 浅瀬に小型のクルーザーが止まっている。ちょうど、ボトルが落ちたと思われる辺りだ。突然、大きな水音が響き、男の声がした。

「おいおい、あんまり遠くへ行くんじゃないぞ!」

「え~。パパ、島の中探検しちゃダメ~?」

 続いて、子供、小学生くらいの男の子の声。

「ここは無人島だ。ひょっとしたら危険な動物がいるかも知れない。

船の周りを泳いでいなさい」

「チェッ」

 一瞬、ヒヤッとしたが男の子は父親の言葉に従うことにしたようだ。

バシャ、バシャと水を叩く音がしばらくの間、浅瀬で響いた。

 30分ほど経っただろうか。ひょっとしたら、もっと短かったかも知れないが、

私にはそれぐらいに長く、感じられた。脇を冷や汗が流れ、身体の何か所かを蚊に食われた。

「さあ、そろそろ上がるんだ」

 ようやく父親が促し、男の子がクルーザーに乗り込んだ。数分後、クルーザーは来た時と同じくエンジン音を響かせながら、沖へと走り去っていった。

 クソクソッ!

 私は浜辺に飛び出し、海に入ると全速力で泳いだ。しかし、ボトルが落ちたと思われる場所には、やはり何も無かった。

 終わりだ。

 苦労して作りあげた『楽園』が部外者に蹂躙される。私は全身から力が抜けるのを感じた。しばし、海上を目的も無く漂う。

 しかし、数分後。私の脳裏に電撃が走った。

『果たして、あの父親はボトルに気付いていたのだろうか?』

 もし、気づくなり、男の子が気づいて知らせたのなら、何らかの言葉があったはずだ。しかし、そんな言葉は無かった。なら、何でボトルは消えたのか?

 手紙の入ったボトル。それは男の子には好奇心を掻き立てる宝物のように見えたのだろう。だから、こっそりと持ち去った。

 私は急いで海から上がり、全力で走り出す。希望が出てきた。

 父親から隠したということは、男の子が船上でボトルを開けることは無いだろう。

開けるのは船を降りてから、一人でこっそりだ。

 私は一番近い人が住む島への到達時間を計算しながら、『例の物』を隠してある

場所へと向かった。


「おい、そんなことして、スマホを落とすなよ」

「は~い」

 クルーザーの通った後に続く白い航跡を撮影していた男の子は

姿勢を変えると、今度はスマホの画面を指で触り、凝視し始める。運転席から

それを盗み見た父親はやれやれと肩をすくめた。

 しばらくしてから、水平線から迫る影に男の子は気づく。

「パパ、あれ!」

 波を蹴散らし近づいて来たのは、サングラスをかけた男が乗った水上バイク。

 男が止まるように合図をしたので、父親はクルーザーのエンジンを停止させた。

「すいません。ちょっといいですか?」

 言いながら、男は水上バイクからクルーザーに移ってきた。

 「何かあったんですか?まさか、人が海に落ちたとか?」

 父親が尋ねるが、男は肩をすくめ、首を振り、

「いえいえ、違います。『ボトル』を落としたんですよ」

「え?何だって?」

 父親はキョトンとして何のことかと聞き返し、男の子がビクッと身体を震わせる。

 その反応を見て、男はニヤリと口を歪めた。

「ええ、『ボトル』です」

 もう一度、男は繰り返し、後ろ手に持ったスパナを振り上げた。


 親子の死体に重りを付け、海に沈めると、私はクルーザーの座席に身を沈め

一息ついた。

 ボトルは少年のナップザックから見つかった。思った通り、封は切られておらず、

中の手紙は無事だった。開封し、読んでみる。案の定の内容だった。

「ハハハハハハ!」

 一人きりの海上でしばらく私は笑い続けた。これで『楽園』は安泰だ。私は守り通したのだ。

 勝利の余韻を終えると、私はクルーザーの中をもう一度チェックする。ボトル以外の物には決して触れない。スマホは少し迷ったが、そのままにしておく。あの親子は

誤って海に転落した。そう処理されるはずだ。私は再び水上バイクに跨り、『楽園』へと戻った。


 数週間後。

 『楽園』でのバカンスを終え、私はまた退屈な日常へと戻っていた。その最中、

何気なく見たスマホのネットニュースを見た瞬間、背中に寒気が走った。

『謎のボトルの行方。不幸な海難事故に第三者の影?』

 記事はそんな見出しで始まっていた。

『〇月〇日。クルーザーから海に転落したと思われるサトウイチロウさん(仮名)、

息子のサトウタロウさん(仮名)の不幸な事故。それに事件性が出てきたとネットが

ざわついている。その根拠は事故の前にタロウさんが残したSNSの呟きである。

 その呟きの内容はこうだった。

『無人島近くの海で手紙の入ったボトルを拾った!もちろんパパには内緒。

何が書いてあるか、凄くワクワクする。手紙の中身はまた後でアップしま~す!』

 呟きにはクルーザーの上で撮影したと思われるあの『ボトル』の写真が添えられていた。

 私は何とか手の震えを抑え、記事の続きを読む。

『警察からの発表にはクルーザーからボトルが見つかったという報告は無かった。

これが意味するものは何か?第三者がボトルを奪う為に二人を海に沈めた、という考えは飛躍し過ぎか?ネットでは素人探偵による推理合戦が盛り上がりを見せ始めている』

 私はその場にへたり込みそうになる。 

あの時、タロウ少年のスマホを調べるべきだった。SNSの存在に気付いていれば、ボトルの中身をダミーの手紙にすり替え、証拠として残すこともできたのだ。完璧だったはずの犯行がこんなことで綻びてしまうとは。

 私はスマホでタロウ少年のアカウントを見た。例の呟きの『いいね!』は既に

100万回以上に達している。

 海に流されたボトルメールは一つだった。しかし、ネットの海では誰かが拡散する度に雪だるま式に増えていく。永遠に消えずに漂い続けるボトルメールと化すのだ。

 そして、それを見て好奇心というウィルスに感染した者達が『探偵』となる。

『ぜってー、この無人島怪しいだろ。動画撮りに行こうぜ!』

『手紙の中身って誰かのSOSなのかな?その人は生きてるの?』

 探偵達の書き込んだ無責任な推理がネット上を埋め尽くしていく。

 私は、絶叫した。





 

    

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殺人鬼とボトルメールと100万人の探偵 夏目咲良(なつめさくら) @natsumesakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ