第9話
学校にたどり着くと、まず目に入るのがコロシアムだ。
ちょっと何を言ってんだかわからないと思うんだが、うちの高校には闘技場がある。
治安が悪くなってくるとみんな己の肉体しか頼らなくなるものだ。
なのでうちの学校もかつてない未曾有の筋トレブームが巻き起こっており、男女問わず日夜、みんな鍛えた肉体を試すために格闘技に勤しんでいる。野球部はバット全部折られて廃部になった。
「だありゃっ! でやりゃあっ!」
「ふんっ! はっ! やっ!」
もう一時間目が始まるのに半裸のマッチョどもが多い。何事かと思うと元野球部補欠、現紅柿高校の番長である吉武が「おお、須藤!」と汗をだらだら流しながら近づいてきた。ちょっと俺はそれに後ずさりしてしまう。
いや青春真っ盛りの綺麗な汗だと思いたいんだけど……量が……
「今日はずいぶん遅いんだな」
「朝メシ作ってた」
「またそんな不健康なことを。早起きなんかするから具合が悪くなる! 寝ろ!」
吉武は歯を剥き出してロゼを指さした。
「須藤をたぶらかす魔女め、この俺が今日こそ成敗してくれる!」
「ああ!? 誰が魔女よ! 私は正義よ!」
それは違うと思う。
「朝メシくらい自分でなんとかしろ!」
「うるさいわね、須藤は好きでやってんのよ!」
そんなことはない。
「家賃も入れずに何様だお前は!」
「食費なら入れてるわよ!」
「使い込んでると聞いたぞ!」
「ぐっ……」
ロゼが「余計なことを」という目で俺を見る。そりゃ事実は喋るよ? 普通に。
「それより吉武、なんの騒ぎだこれは」
「ああ、あれを見てくれ」
吉武が油にまみれてオイルサーディンのようになった手を校庭の一部に向けた。
そこには逆さまになった黒板が墜落した宇宙船のように突き刺さっている。
「ああ……なるほど?」
「そうだ、『果たし状』だ。蒼刃高の連中が攻めてきたのだ! あいつら、自分たちの学校名がオシャレだからと調子に乗りおって……」
「いやダサいと思うけどな……いや、やっぱ格好いいのかな?」
「格好いいに決まっている!」吉武は断言する。
「だから我らが紅柿高校はその喧嘩を買ったのだ! 一時間目は自習だ! その証拠があれだ」
見ると、校庭の隅で一時間目の現代文を担当する柳田がキョンシーのように額に『自習』という張り紙をつけて座禅を組んでいた。あいつ慣れてきてるな。
コロシアムの中央にリングが組まれている。その上に立つ半裸の男の足元に俺の同級生たちが散らばっていた。
半裸の男は仮面をつけていた。昔の中二病系アニメの主人公がつけていた仮面である。
あれメルカリで売ってるんだよね。
俺もそこで買って墨緒につけさせたが、試着させるときに「イヤだやめてそれだけはっ、それだけはイヤぁぁぁぁぁぁぁ」と泣き叫んでくれたのでとても楽しかった思い出がある。変装のためだからね、仕方ない。
「おいおいおい、どうしたどうしたァ! 紅柿の『赤い彗星』はまだ出てこねぇのかァ!?」
「そんなやついないって言ってるだろ!」
「お前、話聞けよ!」
「設定を勝手に作るな!」
リング外の野次馬からの罵声を仮面の男は心地よさそうに「そうかそうか」と聞いている。
「だったら、もうこの町内でデカい顔をするのはやめることだな……蒼刃高の方が偏差値が高いことはこの俺が証明した!」
「んなわけねーだろ!」
「お前らの英語教師siriだろうが!」
「うるせえ! そういう傷つくことを言うのはやめろ!」
半裸の男は筋骨隆々な己の胸を親指で示した。
「俺の名は高町……高町ともゆき! この街を悪で染め上げる予定の男だ!」
「名前は頭よさそうだな」
「大人しそう」
「うるせえ! 人の名前に感想を持つな!」
ツッコミにも多少の無茶があるやつである。
俺の横で「ふむ……高町……蒼刃高……」とロゼが何か考え込んでいる。暗殺の仕事で関わりでもあったのだろうか。
「……やるなら準備が必要ね」
「準備? なんの?」
「べつに」
「……?」
ともゆきがリング上で両手を天に掲げる。
「はっはっは、誰が俺に敵うやつはいないのかァ!? あいてっ」
どこからか飛んできたビール瓶がともゆきの脳天を直撃した。殺す気……?
「何しやがる!」
「それはこっちのセリフだ馬鹿者!」
見上げると三階の窓から校長が身を乗り出して拳をぶんぶん振り回していた。
「お前がうちの高校の授業を邪魔するから先生たちが『今日はもうアガっていいッスよね?』って帰ってしまった! 私のお昼休みの団らんタイムが台無しだ!」
「知らねーよ! 俺はいまこの街のてっぺん決めてるとこなんだよ!」
「てっぺんだかワッペンだか知らないがお前ちょっと来い! 昼飯はここで食え!」
「はぁ!? なんで俺が……うわあっ!」
どこから射出されたのか(そして合法と言えるのか)漁業用の網が鍛え上げられた肉体を覆い隠し、すかさず現れた生徒会の黒子たちが手早く縛り上げてともゆきを担ぎ上げた。ともゆきは激しく抵抗(なにすんだやめろ!)していたが構わずに運ばれていく。吉武がそれを見て歯ぎしりした。
「おのれ……俺がやつに引導を渡してやるはずだったのに」
「まあ、お前に倒されるよりも見苦しい目に遭うのは間違いない」
「仮面の男……」とロゼ。
「何ブツブツ言ってんだバカ。いくぞ。授業再開だ。柳田が蘇生した」
「あ、うん」
三階から響いてきた喚き声は、なぜか徐々にすすり泣きへと変わっていった。
このクソ女からだけは限界までカネ引っ張ると決めた 顎男 @gakuo004
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