第8話
絶対に訴えてやるからな! と号泣して走り去ったタカシをロゼはポカンとした顔で見送っていた。これが人殺しの顔である。
「ハグすると気持ちいいのに」
「痛ぇって言ってんだよ」
話を聞かねぇ女だなァ。
俺たちは高校生なので、通学をするわけだが、何ヶ月か前に落ちた橋の復旧工事が終わったらしくのんびり歩いても学校には間に合いそうだった。
なんでも古き良き銀行強盗がミニバンをぶっ飛ばして追跡を撒くために橋を爆破したんだとか。治安はますます悪くなる一方である。
現実を忘れるには空を見上げるのが一番なので俺は青空と対面していたが、横を歩くクソ女が「ハトのフンが落ちてきたら口に入るね」とほざいてきたので前を向くことにした。なんでそういうこと言うの?
「んー、それにしても仕事明けの朝は気持ちがいいわね。結構儲かったし」
「ターゲットは誰だったんだよ?」
「知らない。アヤメが仲介してくるだけだもん」
ロゼはいくつか暗殺の仲介業者から仕事を受注しているが、アヤメというのは確か一番古株の仲介者だ。そっちが暗殺者みたいな名前してるじゃんと言うと怒る。
「なんか時々、対抗組織同士で潰し合ってるところに私が参加してどっちにも被害出すからクレームが来る」
「どっちかについたほうがいいんじゃねえの? 組織の専属ヒットマンみたいな感じで」
「ピンハネされるからヤダ」
それはまた生々しいご意見で……
ロゼはアクセサリーをジャラジャラつけたスマホを取り出して老眼の馬券師のように画面を睨んだ。
「今月はもうちょっと欲しいのよね。夏服も欲しいし」
「クローゼットもう満パンなの知ってる?」
「えっと、スキマ時間、30分から、暗殺、当日払い……QRコード可、と」
「バイト感覚で暗殺の仕事を検索している……」
横断歩道が赤だというのにスマホ片手に歩いて行こうとするアホの首根っこを掴んで引っ張る。トラックが凄まじい勢いで通り過ぎていったが、ロゼはそれに気づかず足だけ歩き続けている。バカなの?
「あんまりいいのないなァ。ねぇ須藤、誰か消したいやつとかいないの?」
「俺の平和な学園生活にそんなやつはいない」
「恋敵とかさァ」
俺はクラスメイトや、隣を歩くスマホ不適切使用者や、妹の友達や、いろいろな知り合いの女の顔を思い浮かべてみた。
護身術を覚えようと思った。
「あ、いいのはっけーん」
「どんなやつだよ」
「『須藤一樹を暗殺せよ』! ダハハハハハハ!」
「もうロールキャベツ作ってやんね」
「イヤだあああああああああああああああああああ!!!!」
「泣くなら言うなそんなこと!」
しがみつくな!
「ごべん、ごべんなさい……う、ううぐっ……」
一秒で泣いて二秒で鼻をたらしたロゼが俺にすがりつき、無視して歩き続ける俺の横を登校時間にあるまじき白パーカーを着た少女が自転車で通り抜けていった。見ない顔だな、と思って見つめていると、顔だけ振り返り、茶髪を猫のように逆立てて、
「女の子を泣かすなんて最低だぞ、クソメガネ!」
「あんだとコラチャリ降りてかかってこいボケェ!」
「ひいっ」
白パーカー女は尻に爆竹突っ込まれたことに気づいたカエルのように走り去っていった。そのすぐ後をなにやら車体がボコボコのミニバンが黒煙を上げながら猛スピードで走っていく。運転席から耳なし芳一のような入れ墨を顔面に入れた男がタコ頭を突き出して叫んだ。
「いくらなんでも浅漬にしたらダメだろ!!!」
ひいいいいいいいい、とさらに白パーカーの悲鳴がこだまする。
いったい何を浅漬にしたらあんなに怒られるんだ……
ようやくスマホから目を離したロゼがのびをする。
「今日も平和ねぇ」
「メガネは買ってもいいぞ」
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