28話 終わりなき日常は終わり、世界を救うための日常の始まり


「夜な夜な失礼します。緊急招集です。1分で準備してください」

 蹴っ飛ばされた感覚があった。

 眼をしばしばさせながら、ベッドの脇で充電器に差しているスマホへ手を伸ばす。深夜1時だった。確かに緊急な時間帯だ。


 そしてここは俺の部屋だ。

 大向井は鍵の開いている窓から侵入しているようだ。靴を履いている。やっぱり蹴られた気がする。

「靴、脱いでくださいよ。あと蹴りました?」

「緊急ですので。あと50秒。蹴ってません」

 蹴ってません、といったときだけ顔を逸らしていた。

 嘘をついていることだけは白状してくれるそうだ。嘘はつくわけだが。

 40秒で支度しないだけ、まだマシかもしれないと考えなおす。俺は部屋の電気をつけることもなく、大急ぎで着替えと歯磨きをして、靴をとってきた。

「準備おーけーですね。いきます」

「ちょっ!! まっ」

 大向井が俺の肩を抱くと、開きっぱなしの窓から飛び出した。

 悲鳴を上げることもできなかった。声にならない声が喉から響く。

 ふわっと見えないクッションに着地したような感覚があり、足の骨を折ることなく、地上へ到着した。当たり前のように魔法をつかっての降下だった。

「えっ? 魔法つかってええんかっ! 魔物出るかもしれんのだろっ」

「確率の問題です。出ないかもしれない。今は時間が惜しい。ありていにいえば、急いでいます」

 団地の前の通りに、ろくに洗車もしてなさそうな安物のミニパジェロが止まっていた。

「集合場所に近いところまで、これでいきます。道中で状況説明します」

「もしかして遠出?」

 俺が助手席に乗り込むと、シートベルトを締める前に、車が急発進した。

「1時間前、日本各地で、強烈な魔力反応があり、同時に消失しています。意図的に魔力放出した後、意識的に魔力を絶っている。意思表示です。ここにいる、と。今、受肉したぞ、と」

 敵が来た。

 何か重大なことがあった、とはわかる。人は理由もなく、深夜に窓から入ってきたりしない。

 汗が急激に湧き出る。

「敵がきた」

「非常に知性が強い魔物です。魔物貴族と呼称されていた、魔王の側近という立場であり、同時に次代の魔王として独自自治を保っていた魔物群があります。おそらくそいつらが受肉しました」

「ガチでヤバすぎってことね」

「魔物の王は死にました。が、同時期に王に仕える立場だった魔物貴族らも行方をくらませていました。最終的に勇者消滅メンバーが全員転生準備に入るまで動きがなかったので、手は打てませんでした。探索へのリソースは割けなかった。状況的に勇者と協力関係となり、受肉の機会をうかがっていると考えるべきだと思います」

 勇者とそいつらは内通している、と。

「魔物貴族らは元々魔王城ではなく、自らの領地、領域に住処を作り、そこでさらに自らの眷属や魔物を増やしていました。結果的に動きませんでしたが、今回の勇者のように魔王がいなくなったあとの魔物の統治を担う役割もあったはずです。結果的に魔王死亡と同時に魔物貴族の行方もわからなくなり、混沌は加速しました。

「それも勇者の計算だった、と」

「結果からみての可能性の話です。で、魔物貴族らは自分の領地内で、次代の魔王となるための基礎を作っていたわけです。今回、日本という土地でありながら、かなり広範囲に出現したことは、縄張り争いを避けたうえで、範囲拡大させる意図を連想させます」

「つまり、仮に放置しても積極的に襲われることはない?」

「彼らの拠点の近所でなければ、ですね。ですが、彼らの根城となった地域を放置すれば、今後そこを中心に爆発的に魔物が増えていきます。人的被害も今はまだ目立っていないですが、確実に数日以内に何か起こる。起こる前に少しでも行動しましょう」

「うっす」

「戦力分散は悪手です。ですが敵の根幹がきているのなら、チャンスです。勇者消滅作戦と同時に進めたかった魔物討伐。貴族レベルをここで一気に殲滅できるなら、今後の魔物受肉に対して有利になります。そして貴族相手でも戦えるだけの人材育成は済んでいると判断します」


 ・


「ちなみに共有しておきます。これは、地元警察に保護された少年の証言です」

「そんなのどうやって手に入れるの?」

「受信機がいらない盗聴器のような魔法を使った、と判断してください」

「やりたい放題やな」

「魔物受肉のリスクを無視すれば、人類がやりたいことの大抵は叶います」

「透明人間になって漢の夢を叶える、とか」

「無論可能です」

「真面目に魔法の勉強するわ」

「平和になったあと、教えましょう」


 以下目撃者の証言。

 ヒグマ? だったと思います。ただヒグマよりも巨大な何かが、ヒグマの頭を喰らいました。ヒグマの頭から、です。はい。頭上から首下まで一気にガブっと。それから丁寧に倒れた胴体を食べていきました。

 なんで僕が生きているのか?

 わかりません。


「これと同様の証言が日本各地で数件発生しました。北海道以外にも東京、沖縄まで広範囲です。意図的に一般人に魔物を発見させ、意図的に逃がして報告させています。危険ですね。これも宣言です。自分らはここにいる、と」

「自意識過剰の節を感じる」

「自己肯定感は高いでしょうね。又、可能性は低いですが、万が一合流され、共闘されてしまうと、正直現状の戦力では手に負えないかもしれません。ゆえに今、各個撃破します。レオーネとネージュはすでに飛んでいます。私は独りで最南端へ。最も遠い箇所へ向かいます。加々見君とバサカラは今話した熊被害の山中です。よろしいか」

「了解っす」

「状況は常に動いています。君は自分にできることを全力で行ってください。具体的な行動指示は、バサカラに一任してあります。死なないことを最優先で」


 勇者の魂がある俺は、時限爆弾みたいなもののはずだ。何かの拍子に爆発したら、すべてがおじゃんとなる。

 だから常に大向井の目が届く範囲に、俺はいたはずだ。

 今回、受肉してきた魔物は、前にやってきた野生動物のようなスライムなんかとは違い、高位の存在のようだ。魔力オンオフが可能な程度に意思もある。

 なのに大向井は俺から離れている。

 そのうえ、俺を最前線にまで送っている。


 優先順位が、一時的に変わっているのだ。

 それだけ逼迫した事態なのだ。

 失敗イコール命がなくなってしまう。そんな緊張感のある舞台に、今、あがっている。


 ・


 バサカラと合流すると、先生とはすでに情報交換済んでいるらしく、一言二言言葉を交わしたあと、文字通り空を飛んでいった。本当に後先のことを一切考えないのなら、やろうと思えば、なんでもできるようだ。

 魔力放出の要領らしい。人間一人を浮かせた上で、一定以上での速度での飛行状態を維持することは相当の魔力消費になるらしいが、状況的にしょうがないらしい。迷彩も施すので視認はされないらしい。

 大向井のような平和主義者がある程度の被害が出てしまうかもしれないリスクまで負っている。切羽詰まった状況なのだ。余裕がなくなっている。


 バサカラの顔からいつもの笑みや余裕は消えていた。

「死なない覚悟はあるか? ないなら今すぐ走って帰れよ?」

 冷えた声音だった。仕事モードということだろうか。


 平和なだけの時間が終わりを告げたんだ、と理解する。いや、もうとっくの昔にそんなものはなくなっていた。

 今日、今、目の前にそれが現れた。偶然たまたま発生したわけではなく。

 露骨な意思、敵意と共に。

 敵が、ついに牙を向いたのだ。意図的に。意識的に。

 終わりのないような、平穏な毎日は終わった。

 いつもの日常を取り戻すための闘いが、もうすでに始まっていた。


 俺は静かにうなづく。

「あるよっ。帰らない。俺も行くっ!!」

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勇者逃亡 小柳さん @koyanagi

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