27話 君らは、恥ずかしがり屋の寂しき獣かもしれない

 

 詳細は知らなかったが、バサカラの転生先である佐藤友矢は、見た目通り札付きの不良だった。

 あまり最近はいないタイプだ。俺は存在をほとんど認識していなかった。

 具体的な悪行は省くが、概要だけでも相当のワルだった。

 素行悪く、成績も悪く、早退、重役出勤は常習的、教員への反抗的態度は日常的、同級生の高圧的態度は常習的、ついでに深夜にコンビニにたむろっての補導歴も一度ではない。しかし停学などはなし。体罰全盛期の時代に生まれていた方が幸せそうな悪ガキだった。

 同級生である以上、すれ違ったことぐらいはあると思うが、特に関わらない限りは何もしてこないので、路傍の石として受けいれていた風景だったと思う。

 そんな奴がよく素直に異世界転生なんて受け入れたもんだ、と思った。


 放課後になり、先日バサカラと大向井の決闘が行われた、いつもの教室に集められていた。大向井が踏み抜いた床板は、綺麗に補修されている。ちなみに魔法ではなく業者とお金の力だ。


 教卓前の特等席に、いつのもように立っている大向井。

「佐藤友矢氏は、素直に転生を受け入れていません。ほぼ強制です。精神世界で、バサカラと殴り合い、意気投合したとのことです」


 理解の及ばない価値観だ。精神世界で対面することも、精神の世界なのに殴り合いになってしまうことも、一切理解できないし、したくない。

 間接的、直接的な暴力行使するのは、むしろこちら側の方のようだ。


 当のバサカラ本人は、最後尾の座席で、椅子を斜めにした微妙な支えでグラグラさせる、小学生低学年辺りが好きそうな座り方をしている。

 俺は良い生徒なので、最前列の席に座っている。別にうるさい奴から離れたいわけではない。たぶん。

「こいつの骨格と、俺の体格が近しかった。ここで拒否されることは勇者消滅作戦において、マイナスだと俺が判断して、強制的に納得させたんだっ!! えらいだろっ!!」

「本人が、どういう形であれ納得しているんなら、いいんじゃないっすかね」

「だから納得はしておらんっ!! いやいや強制的に承諾させるという形をとったっ!」

 こいつやっぱ暴力的に極悪人だわ。

「おそらく向こうでは暴れて縄に縛られているだろうっ!!」

 大向井が教卓から首を振っている。

「わかりませんよ。こちらの世界でイキっている少年が、向こうでイキれる保証はないです。案外しっぽり指示に従っている可能性の方が強いです」

 残酷な現実は教えないでほしい。まだ覚悟を決めていない10代の少年なんだから。


「で、呼ばれたわけですけど、なにするの」

 まだ集められた理由を訊いていなかった。

 当然大向井への問いだったが、教壇の教師は、最後尾の席にいるバサカラへ発言を促していた。

「転生承諾後、佐藤友矢から、お願いされたことがあるっ。それを果たす。果たさなくても佐藤友矢がそれを認識するのは勇者消滅後の、肉体返還後だから俺は約束を果たす必要は全くないが、俺は果たすっ!! いい奴だろっ!!」

 どうやらこの不良もどきからの呼び出しだったようだ。帰りたくなってきた。

「そっすね」

「ちなみに佐藤友矢からは俺一人で内密にやってくれ、とお願いされているっ!!」

「じゃあ一人でやればいいんじゃないっすか」

 普通に帰るべきかもしれない。

「分かりやすい不良少年が、こっそり俺にだけやってくれ、とお願いしているんだぞっ!!? 面白そうだろうがっ!! 共有すべきだろうがっ!」

 こいつにだけは大切なことは教えないことに、今決めた。たった今。

 どうでもいいぐらいの自己肯定感の強さだけは、ミリ単位だけ見習いたい。


 ・


 ということで、佐藤友矢宅という、3階建て一軒家を見上げていた。

 敷地内には外車らしき高級感のあるダーク塗装のゴツイ車と、フロントガラス下部にポップな可愛い系のぬいぐるみがびっしり並べられている軽自動車が停まっている。


 市内から市電で数駅。

 いつも遠くに風景となって連なっている藻岩山の木々を、間近に見上げることができる地域だ。市内随一の富裕層地域として知られている地域でもあった。

 一生不景気なんじゃないかと騒がれてるようになって久しいが、きっちり景気の良い世界は景気が良いのだろう。そこに至るまでのルート開拓が大変かつか細くなっているだけで。


「こういう家に生まれる方が、やっぱ我儘に育つんすかね」

「でしょうね。レオーネはじめ、バサカラ以下、皆、最低でも地方貴族のご子息です。教育レベルは極めて高い反面、非常に我好きであり、他者への配慮を知らない無礼者が9割でした」

「ちなみに先生は?」

「私は作物を一生育てるか、命を賭けて魔物を殺す仕事以外がない、村の生まれです。幸い魔物を殺す素養があったので、成人後は、多少裕福な人生になりました。勇者逃亡後は人の万倍忙しくなりましたが、稼ぎは並ですね。そんなもんです。それでも他者を敬う精神は、多少持ち合わせているつもりです」


 佐藤友矢の自宅ということで、バサカラは遠慮なく侵入していく。

 教師と友達Aがついてきていることを一切考慮しない辺り、本当にクソだな。

 だがしかしそれが日常的な佐藤友矢の態度だったようで、玄関まで出てきてくれた佐藤友矢の母親はバサカラをとがめることはなかった。だから我儘なクソガキになるんだろうな、と笑顔を壊さずに思った。


 大向井は臨時の家庭訪問という体で、主婦をしている佐藤友矢の母親と話し出した。

 最近の素行不良がさすがに目に余り、進学に関しての問題が浮上しているということで、緊急的に相談しにきた、とのことだ。割りとガチな理由だった。母親の方も唐突な教師の訪問に混乱していたが、「進学」やら「素行」やら「内申」「軽犯罪」などのワードに対してはかなり動揺が強い反応だった。

 俺もバサカラに続いて2階の自室へ向かう。

 開けっ放しの扉の部屋の中に、バサカラはいた。

「机一番下の一番奥にあるものを捨てておけ、といわれている。見ればわかる、とのことだ。細部は口にしなかった」

 何十万ぐらいしそうな綺麗な机を指さしている。

 高級デスクというべきかもしれない。成績悪いという評判だったが、ここまで綺麗な机周りをしているなら、テストの成績なんかはいいかもしれない。もしくは反抗的な意味で適当にやっているだけで、地頭は良かったのかもしれない。

「違法ポルノ系のエロ本が出るか、違法薬物がでるか。楽しみだなっ」

 ほんと性格悪いなこいつ。

 一番奥をさぐる。なにもない。でも何かあるとのことだ。

 ぽんぽん探ったり叩いたりすると、明らかに空洞を感じる音がした。引き出しの床部分がスライドする仕組みになっていた。

「あった」

 封筒だったが一通あった。それ以外には何もない。

 世界の秘密が書かれているわけではなかった。

 ひどく個人的な手紙だった。

 表紙に、遺書とあった。

 本当に、根はクソ馬鹿真面目な奴だったのかもしれない。


 遺書と書かれた封筒は綺麗に糊で封がされている。

「佐藤友矢は、お前になんていったんだよ。一語一句教えろよ」

「お前が死んだら、もう日本に帰れないかもしれない。だから捨てておいてほしいものがある。お前が死んだら絶対部屋を綺麗に片づけされる。家探しされる。だからその前に処分しておけ、と。そんな感じだなっ! そんなことはありえないと豪語しておいたが、これだけはけっして譲れないっ! とうるさかった」

「バサカラ。お前がやれよ」

「無論だ。これは俺が預かるべきものだろ」

 遺書を、バサカラは持参していたリュックに詰めていく。

「捨ててくれっていわれたんだろ」

「俺は生き残る。そしてこの身体は佐藤友矢に返す。であるなら、こいつも返すのが筋だ。一応親に見つからないようにはしておいてやるさ。魔物討伐で遠出することはあるかもしれない。そのときに親が掃除して見つかったなんてことはないようにしてやるさ。せめてものの慈悲だ」

「いっちょ前だな」

「いっちょ前にだってなるさ。死なない理由なんていくらあってもよい」

 こいつも声ばっかりでっかい脳筋のくせして。

 考えている。

 考えずにはいられないのだろう。

 何も考えずに平和に生きていける世界ではなかったから。


 ・


 世間にゴミみたいな奴だって評価される人物だって。

 少し掘り下げれば、色んな想いが確実にある。

 でもやっぱり、表に出てるものでしか人間は評価はされない。実はいいひと、誰にも見られていないところでは仕事できる人、では人は評価できない。


 佐藤友矢が心底世間的に疎まれる人物である事実は、一生消えないだろう。

 何年、何十年経ったあと、想い出の中にある佐藤友矢は粗暴な暴力的な、問題をなんでも拳で解決するような人物としての感想しか残らないのだろう。


 でもそれでも家族だけには、誰かひとりぐらいにだけは、理解をされたがった。

 分かってほしかった。見ていてほしかった。

 だからあんな形で、自分の書いた文字で、その証拠を、証を残した。

 本当に寂しいことだ、寂しがり獣だわ、人間は。ほんと。

 こんなクソ野郎に共感してしまう俺は。ほんと。

 まだまだ平和な日常に身をおいているんだな、と思った。それはいつまでになるんだろうか。

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