26話 強さを証明しないといけない時期
「加々見君。拳のみを、魔力の膜で覆っています。わかります? 過剰に放出させてわかるようになっているはずですが」
右の拳にだけ、魔力集中しているようだ。
拳の周りだけの景色だけ空間がゆがんでいる。言葉を選ばないのなら、凝を使っているといえる。
拳のみに魔力を集中させ、他の部位は生身同然ということだろうか。
だとすれば、バサカラの魔力強化された拳がかすれるだけで皮膚は当然、骨や内臓まで豆腐みたいに裂けてしまう。豆腐どころか、水に長時間浸してふやけた今にも破けてしまう紙レベル。
バサカラは己の突撃精神を抑え込むように、腕を抱いている。わかりやすく、顔に青筋が浮かんでいる。今すぐにでも突撃してしまう己を必死に押さえつけているようだ。こわっ。
「訓練もどきで命がけしてよいのか」
「君の拳は当たらないんですよ? 別に命はかけてません」
まーたナチュラル畜生煽りしてますよこいつ。
「……万が一があるだろうが。たまたま躓いて、とか」
ごもっとも。宝くじだって俺には当たらないけど、誰かには当たっているよ。
「当たりくじの入っていない、くじは、誰にも当たりません」
ああ、やっぱこいつ煽っていたわ。
真っ赤から真っ青からどす黒い顔まで変化していったバサラカは、すでに拳を振り上げていた。
・
「シンプルにいきましょう」
大向井が決着の説明している間に、必ず殺すという願いがかなりこもってそうなバサカラの拳が突き出された。風を切る音がした。
大向井は顔を数センチずらす。大向井の顔がもともとあった箇所を必殺の拳が射抜く。
「戦闘意思を消失もしくは死亡した方が負けでいいですね」
全力で突き出した拳の圧に耐え切れず、バサカラは前のめりに転がって4つんばに倒れて尻を突き出していた。
そんな尻に、大向井は言葉を掛ける。挑発しているのだろうか。
バサカラは尻を突き出した格好のまま、声を絞り出す。逆にこわいって。
「勢いあまって殺してしまってもよいんだな」
「そのときは君がすべての指揮権を引き継ぎ、勇者消滅させてください。でもそんな心配はしなくていいです」
バサカラは尻を以下略の倒れた姿勢のままだった。こわいって。
「あっ?」
「先ほども言った通りです。買ってもいない万馬券は一生当たりません」
倒れた姿勢から、反射的にバサカラが飛び掛かる。反射神経が人ではなく、猫とかの領域だ。
大向井はまた必要最小限の動きで、そんなバサカラの突進を避ける。
掠るだけでも、掠った部分の肉が削ぎ落ちてしまう状況だ。並のメンタルではやれないだろう。並ではない、超人なのだ。異常者と言い換えてもいいかもしれない。もしくは英雄だろうか。
バサカラは息を荒くしながらの突進を続けている。
バサカラからすればクリーンヒットを浴びせる必要はない。大向井は拳以外は生身の状態だ。全身魔力で覆っているので、突進の際の足の爪先が掠るだけでもよい。数センチでも触れた箇所はザクザックに割け削られる。
大向井は拳に魔力集中させたまま、ほとんど生身のまま避け続けている。こわいって。
そして僅かな際すらも、大向井は避けていた。バサカラの動きを完全に把握している。
「先生、つよいね」
俺は思わずつぶやいていた。
「そりゃあたしたちが黙って素直に指示従っている奴だからね。超絶強いわけでしょそりゃ」
短弓を構えたまま、壁役になっているレオーネが応じた。
「無能は信頼していると思い込んでる相手からの背後からの一撃で死ぬらしいですからね。アレは背後からの一撃でも感知して避けますけど」
ネージュは少し残念そうだ。なんでっ?!
正直、理解が浅かったかもしれない。
レオーネやネージュに対しての態度から、大向井は、多少の実力者ぐらいの認識だった。
それは改めないといけない。
大向井がどの程度凄いのか理解していなかった。
異世界を、魔王に統治された世界を救ってしまう寸前までいったメンバーの一人。こちらの世界基準でいえば、どの程度なのだろうか。
国を代表する存在、国を象徴するような存在と置き換えてもいいかもしれない。オリンピック選手か、プロで毎年表彰されるレベル、魔法というチート能力で補正がかかっているとはいえ、身体能力としてはそういう領域なのかもしれない。少しだけ尊敬の念を増やそう。
猪突猛進ではらちが明かないことにようやく気付いたらしいバサカラが、手元にあった椅子の脚を掴む。
「本当に殺すぞ」
「学校の備品です。投げないでください」
そんな言葉が届くわけはなく、椅子が投げ飛ばされる。不規則に縦回転。剛速球レベル。危なっ、と思う間もなかった。
大向井は避けなかった。背後は窓辺。
片手を突き出す。
一瞬振りぬく。
破裂音が、衝撃音が響いた。
音の強烈さに思わず耳に手を添えていた。
音の強烈さの割に、風景に変化がない。
振りぬいた大向井の右手に、高速で投げつけられたはずの椅子の脚を握っていた。真剣白刃取りかな?
大向井がゆっくりと椅子を床におろす。
「殴るのは結構ですが、学校の備品を壊すような真似はやめてください。遊びの時間が減りますよ」
「は?」
「君がそういうことをするなら、こういう遊び時間が減り、今すぐ決着になります」
ナチュラル煽りは止まらない。
バサカラの両手に机。バランス的に相当負荷がかかっているはずの机の脚を握っているのに、軽々と持ち上げている。
「コロスっ!!!」
「最後です。学校の備品を壊すようなことはやめてください」
決着が近そうだ。
・
堅い何かが割れる音が響いた。
机は投げつけられていない。
瞬きしている間に、窓辺のそばにいたはずの大向井が、バサカラの懐で、拳を構えていた。
あとから気付いたけど、大向井の立っていた箇所の床が割れていた。瞬間的に足元に魔力集中させて一気に距離を詰めたようだった。
大向井の魔力集中させた拳の一撃が、バサカラのわき腹に突き刺さる。
バサカラの5センチほど展開された魔力膜ごと、わき腹がベコっとへこんでいた。
「つよ」
バサカラは殴られた箇所を見つめながら、机の脚を握ったまま振り上げる。
そして振り落とす前に、膝をついていた。
机が床に落ちる音がする。
致命傷を受けた直後に反撃しようとするぐらい、バサカラの心は強靭だ。
肉体の方がバサカラの意思についていけなかった。
それだけの一撃を、大向井はお見舞いした。
膝をついたバサカラはあおむけに倒れていった。息が荒い。汗もドバっとでている。しばしは起き上がれそうもない。
・
5分ほどそのままバサカラは倒れていた。
「ご理解いただけましたね」
投げつけられた椅子を、バサカラのそばまで引っ張ってきて、大向井はそこに座った。
「そんなに強いのに。なんでそんな甘々なんだよ」
絞り出すように、バサカラは声をだす。
大向井は椅子に座ったまま、前のめりになり、バサカラを見下ろす。
「君もあと15年生き続ければ、わかりますよ。きっと。生き続けるには、優しさが必要なことがあるんです。生き続けるためには」
「15年後に理解したら、謝罪するわ」
「そうしてください。では最初の命令です。加々見君です。彼に挨拶を。旧知の仲間にも改めて礼節を」
熊の体格の大男がのっそりと起き上がる。すっかり汗も引いていた。5分で回復したようだ。野生動物であることはほぼ確定かもしれない。
「よろしくっ」
腹の底から響くようなクソ元気な声量だった。
握手の手が伸びてくる。無視。距離の詰め方が嫌いなタイプだ。
「ついさっきまでぶち殺すぞっていっていたのに、ずいぶんな態度だ」
「過去のことを気にするなっ!! 俺はしないぞっ!!」
「俺はするんだよ」
過去は過去だけどほんの10分前の出来事だからな? 別に嫉妬深い奴でなくたって多少は気にするわっ。
「大丈夫だっ!! 俺はしないっ!! 気にするなっ!!」
なるほど。話が通じないタイプだ。苦手だ。嫌いだ。軽蔑したくなる。
俺への対応は満足したのか、陽キャの化身が、レオーネらに近づく。
「久々だなお前らっ!! 元気かっ?!!」
「虫が」と、レオーネ。
「だれ」と、ネージュ。
塩対応なんて言葉では表せない冷徹対応だ。
バサカラはそんな対応にも気にするそぶりはない。
「相変わらずだなっ!! 変わりなくて安心したよっ!!」
皮肉も罵声も、こいつはノーダメージのようだ。それが分かっているからなのか、レオーネらがそれ以上の言葉をかけることはなかった。
誰にも影響されない、強い芯があるということなのだろう。少しだけ羨ましかった。
バサカラが並べられた机を教室中央まで引っ張りだすと、机の上に、仁王立ちした。馬鹿と馬鹿は高いところがお好きという奴だろうから特に突っ込まない。
「バサカラ・アチヤ。勇者討伐隊の二番手ながら、実質最強格と思ってくれてよい。これからよろしくなっ」
猪突猛進の切り込み隊の最前線を突っ走る役目、と考えるなら、上々だろう。
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