25話 言葉よりも拳で理解を深める相手への対処法


 短期強化合宿はひたすらに基礎訓練の繰り返しで終わった。

 初日に教わった、ほぼ瞑想訓練だった魔力維持を一生延々死ぬまでやっていた気がする。

 基礎が成ってないとその上にいくら綺麗なものを積み上げてもあっさり倒壊する、ということらしい。理屈と気持ちは理解できる。そしてしんどいもんはしんどい。


 最終日まで俺の身体を覆っているという、魔力を認識することはなかった。

 普通にガチで数時間瞑想していたあと、旨い肉カレーを頬張るだけでの数日間だった。


「成果は出ていますから。安心してください」


 数日間付きっ切りで指導してくださった大向井教諭がそういっているので、おそらく大丈夫なのだろう。

 そんなことよりも問題があった。

 女子数名が数メートルの距離で寝とまりしていたというのに、エッチなイベントが一切起こせなかったのだ。大問題だ。炎上だ。

 瞑想に疲れ果てて、行動を起こすモチベーションがなかったわけではない。

 大向井がアルコールに敗北して寝落ちしている様子を確認したあとに、こっそりテントから出ようとしたが、そのたび、銀色のアルコール片手でうとうとしている大向井から声がかかった。

「センシティブはNGですから」

 と毎回のように釘を刺されたのだ。

 大向井を倒せれば女子テントへ向かえたかもしれないが、今の俺にできることではない。熊と人間は機銃掃射を持って対等である、という説。


 普通に女子のテントへ侵入する度量を持つ男子を制止することは、ほとんど実質犯罪では? 違うか。むしろ向こうだって待っているんじゃないか? 来ない俺を臆病者とうそぶているのでは?

 名誉を守るために向かおうとする俺は、未成年三人と寝泊まりしている教員のお前が手にしているものはなんなんだよ、ときちんと主張したが、それは無視された。大人は汚い。


 最終日の瞑想が終わり、帰宅準備を終えたあと、大向井からこの合宿のまとめになった。

「必要最低限の能力は確保できた、と考えます」

「がちぃ?」

 俺自身から意識して魔力放出することはできないが、魔力貸与してもらったうえで、それを自然雲散することなく長時間維持することはできているそうだ。

 俺が認識はできていないが、付け焼刃としては十分とのことだ。

「そもそも君とバサカラが二人っきりになる場面は作りません。あくまで不意打ちに耐えられるだけの防御壁があればよい。それは十分です」

 ということで、必要最低限の装備を得た俺は、腹を空かせた野獣が目覚めそうな檻の中へ、入っていくことになった。


 ・


 数日後、例のごとく、深夜の教室へ集合した。

 目覚めた直後に突貫される対策として、バサカラの目の前に大向井、教壇の近くに俺、俺の正面にレオーネとネージュ。二人は当たり前のように完全装備だった。

 どうやら誇張ではなく、本当に挨拶代わりに殴りかかってくることもあるようだ。

 安全対策として、机椅子はすべて教室後ろへ寄せられている。結構疲れた。

 バサカラと、大向井の座っている2脚のみがある。


 大向井が黒板右上にかけられた時計に、一瞬だけ目をやった。

「時間です」


 時刻になったと同時に、椅子が倒される激しい音がして、バサカラは目覚めた。

 直利不動のバサカラは、目の前の大向井をまっすぐにみすえている。

 顔が鬼のそれだった。幼児が号泣してしまう。俺だって少し涙目だ。そんな意気地ない俺なんかまったく意識することなく、真っすぐ大向井へ向かっていった。

 骨太なレスラー体型が鬼の形相でどしどし突っ込んでいく様は、それだけで恐怖現象だ。


 大向井の顔数センチまで接近。フェイストゥーフェイス。その距離はキスするか、頭突きするかの距離だ。

 大向井は一切目を逸らすこともなく、動揺もみられない。多少のイキリ野郎の啖呵などでは、こいつの心を脅かすことはできないようだ。


「日酔ったなっ先生。俺は納得しておらんっ!!」

「このように感傷的であり激烈なんですよ」


 大向井は俺らの方を向いて説明するが、バサカラは一瞥すらくれない。

 大向井から一切視線を外さない。

 俺らのことを相手にしていないようだ。意図的に無視というより、本当に目の前の大向井しか目に入っていない。シングルタスクなのだろう。


 もしくは路傍の石を気にしないのと一緒かもしれない。

 その可能性に気付いてしまうと、いくら温厚を売りにしている俺としても少しは苛っとする。

 ネージュなんかはとっくに苛っとしていた。殺気立っている瞳でオラオラ系の雰囲気でバサカラを詰めようとしている。そんなネージュの袖を掴んで制止しているレオーネの眉も皺も瞳も殺意が滲んでいる。

 我慢強い子ばかりで助かるよ、うんうん、と納得する。

 彼女らの露骨な殺意に気付いたのか、一瞬バサカラの視線が俺らに向いた。


 俺らの様子を一瞥。

「はぁっー」

 深い息を口から吐いていた。

 どう好意的に解釈しても、ため息だ。


 うん。

 ぶち殺すぞ? おら。

「勇者の肉をこのように自由にさせていることも言語道断。今すぐ縛り上げるべきだ」

「下手な刺激は、彼の内側で眠る勇者に、大胆な行動を促すかもしれません」

「犯罪者を自由に闊歩させていることが大問題だ」

「彼は犯罪者ではありません」

「大陸の治安を混沌へ落とし込んだ奴の魂がそこにある。同罪とみなして問題なし」

 無茶苦茶なようだが、勇者って奴が稀代の犯罪者であるなら、それの魂を保有し、いつ爆発するかわからないというのなら、この野郎のいうことも一理ある。

 ただ正しいこと言っているからって、別にこっちがそれでムカつかないわけではない。正しいからってなっ!!


 大向井は軽く野郎を見上げながら声をかける。

「バサカラ。君は本当に純粋ですね」

「バカにしているのか?」

「君だけじゃない。レオーネもネージュもです。そしてこれから転生してくる皆もです」

 静かに語り掛けるように、大向井は口をひらく。

「君らは当時から何も変わらない。当時のまま、当時の感性、感覚のまま、この世界で目覚める」

「そのための転生という手段を使ったんだ」

「そうです。そうすることが目的です。なにも間違いではない。でも私は違う。私は当時から15年の歳月を、確かに経過しているんです。君らと目的は変わらない。ゴールは一緒なんです。それでも変わることはある。当初の計画よりも、多少のアプローチが変わることはある。その結果が、加々見君が仲間としてここに一緒にいることです」

「それがぬるま湯である、とさっきから伝えているつもりだが。大人の感傷に付き合っている暇はない」

 きっつぅっ!

「先生。先ほどの発言は反逆罪に問われても仕方がない」

「君が私を裁くということでしょうか」

「そんな権利はない。ただ、指揮権を俺によこせ。日酔ってしまったのなら道草で酒でも飲んでおれ」

 うん、空気やばくない?

 レオーネとネージュはついさっきの殺気まみれの時とは違い、状況を見守っている。

「大丈夫よ。言った通り。結局納得できないなら言葉はいらない」

「つまり?」

「肉体で示すしかない」

 暴力はすべてを解決する、ということのようだ。


「指揮権は私にあります。命令に従えないのなら、バサカラ。君は造反者です。でも許します」

「あっ」

 あ。空気変わったわ。

「納得いただけないなら。君に床にはいつくばってもらったうえで、強制的に働いてもらいます」

「日和ものが俺にかなうとでも」

「最近思うことがあります。全体の指揮指導の立場ながら、いまいち力が示せていない、と。こういう稼業である以上、舐められることは致命的です。序列をきっちり示しておくには良きタイミングです。幸い君は言葉よりも、拳で実感したいタイプだ」

「先生。言っておくが、別に先生をなめているつもりはない。歴戦の戦士として魔王と戦ってきた。尊敬している。だからこそあえて伝えておこう。死ぬぞ?」

「今さっき言った通りです。きちんと序列を示します。ペットと一緒です。舐めていると、いつのまにか毎日ご飯の代金を賄っている主人にだって牙を向く。毎日散歩させてくれる相手の方が大切な存在と思い込む。でもそれはしょうがない。犬にとってはいつも相手してくれる方が大事なのです。そしてそれは勘違いです。でもしょうがない。犬なのだから」

 バサカラが微妙に震えている。寒いわけではないだろう。客観的にみるに怒りだ。

「俺が、犬というのか……」

「すみません。説明が足りなかったですね。君は世界に、親に、私に飼われているも同然ということです」

 怒らせようとしているのか、素なのか、微妙な線だ。


 少なくとも、今の今まで会話でなんとかしようとしていた奴が。

 拳を振り上げてしまっている主な理由は。

 大向井という教員の言動がすべてだ。

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