24話 日常の終わりは

 日暮れの時間になってようやく魔力維持訓練が終わった。

 すでに筋肉痛の予兆がみられる。

 同じ姿勢でひたすらに集中させられる作業だった。普通にしんどい。

 貸与された魔力を維持していたそうだが、俺にはそれが認識できない。

 修行僧のごとく直立したまま意識を強く持つ、ということを永遠とやらされたということだ。瞑想? なのかな。つらかった。魔力維持はできていたそうだからまあよし。明日も基本はこの瞑想修行の繰り返しだそうだ。拷問だ。


 でも人は時に拷問にだって耐えられる。強い意志、目的があれば、だ。

 晩御飯を無限に腹限界まで食べられるなら、多少のそれぐらい耐えられる。

 旨いもんを限界まで無料で食べれば大丈夫。逆にまともな食事にありつけないなら今すぐダッシュで逃げ出しちゃうってことだ。


 材料に関しては大向井が奮発してくれた。安月給とはいえ公務員様なので一定の貯蓄はあるようだ。酒飲む以外の趣味はないのだろう。使いきりましょう。


 4つ脚簡易テーブルの上に、カレーの材料が並べられた。オーストラリア産豚塊。市販のカレールー。玉ねぎ大玉。スペイン産ニンニク。国産の生姜、ジャガイモ、ニンジン。トマトのホール缶。オイスターソース、中濃ソース、味の素。

 いいね。

 なので。

 カレーの材料を前に、俺は宣言する。

「俺、作りますよ」

 料理の準備を始めようとしていた女子二名が怪訝な顔。

「はぁ? あんた疲れているでしょ。無理すんじゃないよ」

「あなた様。お待ちくださいませ。そしてお召し上がりください」

「俺、作るから」

 断固たる決意を語感に込める。

「頑なね」

「そこまで頑張らなくても十分良き旦那様ですよ」

 俺は真顔だ。別にふざけているわけではない。食材破棄の問題からだって目をそらさない。必要な時は、特にだ。それが、今でしょ?!


 数分前のことだ。

 簡易テーブルに並べられた食材を目の前にして、女子二名は腕を組んでひそひそ相談していた。ひそひそしていたということは、多少の罪悪感のようなものがあるのだろう。安心する。当時の俺は亭主関白主義者だったのでブルーシートの上に寝そべって二人の会話を盗み聞きしていた。


「皮って入れていい?」

「いいでしょそりゃ……」

「ニンニクのこれって?」

「芽? 根? もいれよっか……」

「そりゃ味の核になるでしょ。絶対?」

「水ってすくなくていいよね?」

「当然。味薄くなるでしょ……」

「コショウ。すりこむ」

「ごしごしごし。これでしょ」

「タワシってw でも新品だからいいよね」

 以上割愛。

 そして俺は立ち上がり、潔癖料理男子、NO食材破棄男子と成り代わった。

 食材に贖罪しないといけないっていう光景になっている。もしくは炎上だ炎上。


 回想終了。

「俺、作るね。人の作ったもの食べれないんだよ。潔癖なの」

「でも」

「ガチで。おねがい」

「そこまでいうならお任せしますね」

「そもそも女性が作るって前時代的だから。そもそも作ったことないし」

「君こそ勇者です」

 その名称は不名誉になる世界だからやめてくれっ!!!

 あとアルコールとおつまみチーズで空腹をやり過ごそうとしやがった大人に発言権はねーから。


 ・


 YouTubeでカレーと検索して、出てきた料理動画をスマホで観ながら、30分ほどで見様見真似で召し上がりっ。得意ではないが、分量から調理行程まですべて公開されているので、やれないことはない。オリジナルは不要だ。模倣から始まる創作ということだ。

 簡単な煮込み料理自体は普段からやっているから特に不得手ではない。魔法スキルはともかく家事スキル全般についてはここにいる誰よりも実践している自覚がある。

 頂きますっ!! うん。普通っ! 旨いっ!! 大盛おかわりただ飯最高っ!!


 そこそこ旨い飯に軽く満足しながらも心に靄はかかったままだった。

 強くならないといけない。

 でないと、俺は下手したら次の転生者に殴り殺されるらしいのだから。


 ・


 就寝時間となった。キャンプ設営もやってもらい、男女別で二組。

 監督者同伴なので、女子二人といちゃいちゃテントイベントは発生しないとのこと。コンプライアンスということだそうです。いやっすね。

 代わりに次の転生者の予習復習の時間になった。

 大向井はいつもの銀色の缶に入ったそれをあけると、おつまみを俺の方へ差し出すという配慮をみせたのち、語り始めた。


 次の転生者は野郎とのことだ。残念。

 転生先の生徒についても、野郎の精神性を補強するかのような大柄な野郎だった。

 身長よりも、骨太のため巨躯に見えるゴツさがある。

 転生先の肉体を選べたわけではないはずだが、運命力の強さなのか、野郎の性格を全肯定するような人物に転生したようだ。


 幸いまた別のクラスの同級生だった。廊下の真ん中を偉そうに歩くタイプだったから顔は見たことある気がするが、名前は興味ないからしらなかった。


 肉体の方の名前は佐藤友矢。

 本名はバサカラ・アチヤ。

「数日前、バサカラの一時転生日でした。豪気な方ですが、ネージュのような問題を起こす予定がなかったので私のみで対応しました。情報共有として、勇者の精神が君の中にあること。君が私たちの仲間として行動を共にしていること、を伝えました。その直後、この短期強化合宿が決まったわけです」

「文脈が怖すぎるんだけど。俺やっぱ殴り殺されるんじゃ?」

「結果的にそうなる可能性が発生した、だけです。万全の対策はをとります」

「あの」

「要は、彼は君との対面を望んでいます。自分の目で、自分の判断をしたいとのことです」

「それはなるほどです」

 他人に決断をゆだねないのは、信頼できる考え方だ。でも。

「なので、早急に君には自分の身を守る術を覚えてもらう必要があるんです」

 信頼できる相手の信用を勝ち取れなかったら死亡、はかなり難易度高い。

「猛獣と檻の中で対決でさせられるん?」

「腹を空かせた、というのも付け加えましょう」

「絶対に会わなきゃダメ?」

「同級生ですから。彼は狂暴ですが肉体返還の件もあり、学生として日常生活を送る意思はあります。そして激昂しやすい。沸点は低い。擦り合わせをしない場合、廊下ですれ違うざまに殴られて殺される可能性を否定できません。きちんと対面の場を設けた方が生存率あがります」


 短期強化合宿後、そんな狂人の転生日当日立ち会うことになった。

 それまでに俺は強くなるのだ。ならなきゃ死ぬらしいからっ!!

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