23話 強くなる理由

「大前提としてですが、君を守りながら行動することは、私たちにとっても危険が付きまといます」

 大向井の講釈が続いている。俺らは小さめのブルーシートを敷いて体育座りしておりこうさんに聴いております。

「今は非常に平和な時間が流れています。魔物の受肉はあれど、限定的でありコントロールすら可能といえます。平和であるうちに君を戦力として数えることができるぐらい、強化してしまいたい。今は平和です。でも明日今日明後日、何が起こってもおかしくありません」

 ごもっとも。壁はいつも、今破られるものだ。

「君の肉体に勇者が目覚めた以上、明日今日今、何が起こってもおかしくありません。勇者が魔王を殺してまで転生した理由。私たちはこの現象に対しての対処療法をしているにすぎません。勇者が転生してまで何をしようとしているのか。我々はそこについて、いまだ情報は皆無なのです。皆無だからこそ、根本原因である勇者そのものを排除消滅させる作戦になっているわけです。なので、今のうちに魔法の基礎を習得しましょう。この瞬間、何が起こっても対処できないといけないのです」

「ういっ」

「ネージュがほぼ付ききりのようですが、敵は概して付きっ切りではない瞬間にやってきます。ゆえに君は独りでも生き残るだけの、最低限の能力を獲得してほしい。これが本短期強化合宿の最終目的です」

 ネージュが体育すわりのまま挙手している。可愛い。

「要は、一緒に暮らせって言われておりますかね?」

「一緒になっても一生二人っきりというわけではない、という話です」

 ボケに真面目なツッコミが返っている。俺は苦笑いを浮かべているだけが精いっぱいだった。隣で真顔の女子から「キモ」と聞こえてくるが無視しよう。


 ・


「君に覚えてもらうのは、魔法の行使というより、それを行使するための土台作りです。全身を魔力で覆う状態を長時間維持してもらいます。それだけで攻防一体の技術です。その状態を保つことは、端的にいうと肉体強化となります。魔力の素養があるものは、実戦に出る際、必ずこの状態を維持したまま戦えます。必要最低限の力を行使するだけでリターンが大きいからですね。当面の小さな目標としては、拳でコンクリを割り、銃弾で傷つかない程度の強度を得る、と考えてください。格闘技有段者に絡まれたとしても、気合だけで撃退してしまう程度になってもらいます」

「ハードルたかくない?」

「低いハードルをくぐるためなら、ここまで準備はしませんので。ではさっそく開始します」


 説明もほどほどに、本当に俺の短期強化合宿がスタートした。

 とはいえ、俺自身は受け身な状態からスタートだった。というか、ほぼ受け身だ。


 大向井の掌が背中に当てられる。掌から魔法の膜が、俺の肉体を覆っているそうだ。視覚的な変化なし。熱い寒い気持ち悪い気持ち良いなどの変化も感じない。まるで何も感じない。正直、俺、素養あるのほんとに?

「今現在、私からの魔力伝達により、君の全身を魔力で覆っている状態になりました。変化を感じますか?」

「正直に答えた方がいいよね?」

「無論です。この場で嘘をつかれてしまうことは、君の魔法習得を停滞させます」

「何にも感じない」

「なるほど」真後ろにいるから表情は見えないけど、声のトーンも変わっていないけど、絶対にがっかりされている台詞だ。「やはり魔法に関しての才能は薄いようですね」

 正直に言われることだって、少しショック。

「でも安心してください。君の肉体にあるのは、魔力の源であり、最も根源的な次元に達した人物の魂です。人間性がゴミ滓以下でしたが、歴史を紐解いてみても歴代有数の魔力保持者であることに変わりはない。君が認識できなくとも間違いなく魔力を出力することは可能です」

 俺強えぇーことがわからない、なんかやっちゃいました系ってこと?

「認識できなくても結構です。今の状態をイメージ、想像してください」

「想像」

「君の皮膚が、薄い皮膜で覆われています、と。一般的な戦闘行為に耐えうる魔力防壁として機能するためには、通常5センチ程度の厚みで常時覆います。それ以上では動きに鈍りが生じるとされます。防御一辺倒であるなら構いませんが、通常行動する際、この厚みが最適解とされています。君は今、0.03ミリ程度になっています。しかも破けやすい。危険ですね。私の5センチはとても固いです」

 地味に下ネタ気味であるのは気のせいだろうか。

 それとも冗談のつもりだろうか。真顔のままの大向井からは察せられない。説明もない。こわいって。


 もろもろ概要を説明してもらって、だいたいおおよそ頭では理解はした気持ちになった。

 最も基礎的な魔術による肉体強化。シンプルに殴る蹴る守るを強化。これなら脳味噌筋肉でもやるべきことは単純だしわかりやすい。

 でも疑問は残った。

 あまりに性急では、と。

「もっと炎をバァーンって撃つみたいなのがいいっすけど。結構急っすね。なんかあるんですか」

 大向井が、顔をゆがめている。初めて見る顔になった。いきなり不安が大きくなる。

 こんな我優先系おっさんが、実に何かを言いにくそうに顔をゆがめている。あの。

「正直に答えるなら、明解な理由があります」

「まじ?」

「大まじです。何もしなければ、君は死にます」

「あの」

「次に来る転生者によってです。対策が必要です」

「対策?」

 しないと死ぬの?

「次の転生者は、好戦的です。言葉よりも拳による理解を求めてきます。肉体言語推奨派です」

「挨拶代わりに拳が飛んでくるってこと?」

「そうではありません。彼は君の状態を納得していないということです。彼の独断で君を重症もしくは監禁することもありえます。その過程で君が死亡することを考慮しません。いや考慮はするでしょう。彼の勇者消滅作戦の重要なメンバーです。ただ結果的に君が死んでしまうかもしれない可能性を重要視しないということです」

 思想ヤバすぎ人間じゃん。

 大人しく聴いている女子二人をみやる。

「ちなみに二人の戦力値は」

 仮に殺されそうになっても、二人いれば大丈夫か?

「レオーネは中間成績。ネージュは下位成績でしたが、さぼり魔でしたので実質上位者ですね。二人で組めばなんとかやりあえるレベルですね」

「やりあえる」

「君を守るという選択肢を与えるのなら、私ならば即座に撤退を指示します」

 うん。

 俺やっぱ、このままだと死ぬよね?

 強くならないといけないようだ。

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