3章 短期肉体強化合宿と、終わらない日常のような日常が終わるまで。
22話 いつか必ず終わる平和な時間を満喫しながらも。
つい数週間前に軽くトラウマ発症してもおかしくない騒動の舞台であった大型ターミナル駅南口を見上げていた。待ち合わせスポットであり、地元テレビの夕方ニュースの背景として毎日登場する駅前出口だ。
トラウマ発生させてくれていたネージュは、上下ともに素肌の露出が多めなスカートスタイルな私服姿で、いつものようにニコニコ俺の背後に仕えている。気持ち3歩後ろに控えているつもりのようだ。
「わきまえている系奥さんを目指していますので」
そういうことは自らではなく他者からの印象として語られる人物像では?
「わたしく、あなた様をたてることを第一としますので。そのうえで障害が発生した際は、常に一本槍を務めたくあります」
敵であることが露呈したときは、危険思想の激ヤバ女としか思えなかったけど、味方としてそばにいてくれる分には安心感がすごい。背後から凶器で刺される緊張感を常に感じるが、リスクを背負うだけの安全感がある。
ネージュの元執着対象だったレオーネは、比較的素肌の露出が控えめなパンツスタイルの私服姿で、そんな俺らを薄笑に見つめながら、さっさと先に行ってしまう。
「他人事で見ているうちは、面白いねあんたら」
ふぁっくゆ。心の内側で中指をたてる。元恋人もどきなんだから少しは負担引き受けてほしい。
「楽しい雑談は車内でお願いします。行きますよ」
大荷物のリュックを背負い、両手にも荷物を握った、お洒落系統のジャージ姿の大向井に引率され、俺らは旅路の人となった。
・
ネージュが暴走した際は海沿いの街へ向かう電車だったが、今日は内陸側へ向かう七両編成の電車に乗り込んだ。それだけで気持ちが落ち着く。
「人里離れたところに向かいます。とはいえ大移動は必要ありません。15分ほど揺られれば十分郊外です。念のために30分程度揺られます」
「確かに」
「北海道という土地柄、都市部以外は、人気が一気になくなりますので」
鈍行で30分以上揺られるだけの理由はあるようだ。バレないようにこっそりいけないことをやるということのようだ。
4人掛けのボックス席に座るなり、大向井は、持参していた保冷鞄から飲み物を人数分配ってくれた。アールグレイ、ほうじ茶、エナドレ。素敵やん。
そして最後に自分の分の飲み物を取り出す。
中身が麦色をした缶のプルがプシュっ音をたてる。大向井はためらいなく飲み口を口につける。ぐびぐびぐびぐび。一気飲み。鈍行車内で。目の前に生徒三名いるのに。一息だ。中身が無くなった缶が潰される音がし、二缶目が保冷鞄から取り出された。おいおいおい。
大向井は俺らのドン引き及び批判的視線に気づいたのか、俺らを全員見回し、小さくうなづく。
「本日も君らの引率という立場でありますが、あくまで本日に関しては休暇扱いです。休日出勤という体です。そしてお給料が出ない休日出勤です。ゆえに多少はしたない光景は気にしないようにしましょう」
アルコールに依存しないとやっていけないということだろうか。
「依存ではありません。ルーティンです。私は日々雑務をすべて片づけた数秒後、飲みはじめますから」
ニコニコ。ノーコメントで。今日はまぎれもなく平和で闘争のない日常なのだから。
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目的地は、いわゆる森林公園だった。
原生林が視界の端から端までびっしり埋め尽くしている。時期になれば羽虫が異常発生して地元民から観光客まで等しく発狂させるスポットだ。蛇の出現情報もある。そのあたりのケアもあるとよい。
熊はいない。今年の目撃情報はまだない。いるとしてももっと藻岩山寄りのはず。だからたぶんいない。去年は豊平川沿いから川を上ってきた熊が市内に出没した事件があった気がするけど。仮にいたとしても熊を殺せそうな輩が三人はいるから大丈夫だろう。
小学生の時期に総合学習名目でよく来ていた大型公園だ。
とはいっても遊具類はほぼなく、広大な敷地に、芝生ではなく小石混じりの草っぱらだ。こけるとすれて痛い。素人がボールを追っかけながらサッカーするなら持て余すだけの広さがある。無駄に理性と体力がある児童を駆け回らせるには最適解の公園だ。敷地面積だけなら、東京ドーム数百個分程度だった気がする。熊がそこらへんに現れてもすぐにはわからない広大さだ。こわ。
大向井がそんな草原の中央に、大荷物だったリュックをおろす。
「この辺りの草原の敷地内を縁取るように、結界を張りました。魔力探知されない及び一般人からは近づくことができない、しない、したくならないという領域になります。逆に魔力を理解している人物からは、そこにそういう結界が分かりやすく張ってあると丸わかりになりますが、現状はそういう存在は勇者以外いないので大丈夫です」
縁というと、それこそサッカーのグラウンドぐらいの規模感がある。
「意外と簡単にヤバげなことできるんだ」
「三日前から前入りしてきちんと、カウンターでカチカチして平均滞在人数も確認したうえでの判断です。事前準備を怠っていませんので」
大人は子供の見えないところで必死こいて下準備に大忙しという、ことのようだ。
「お疲れさまっす」
「時間とコストとやる気を相当使いまして、弱級の魔法であるなら使いまくっても、魔物や一般人に感知されない領域を作成した、とご理解ください。仕事終わりにせっせと頑張って、ですので」
土日振替休日の三連休をつかった短期強化合宿。
もとい俺が実戦で少なからずの戦力になるための訓練なのだ。そして訓練ではあるが、万が一の命の保証はない。
「あなたの精神性が、メンタル面が、すでに実戦でやりあえるだけの強度を持っていることは証明されています」
いつもの型落ち背広姿ではなく、動きやすそうな真っ黒なジャージ上下に身を包んだ大向井。長時間連続行動をする意。350ミリ缶を3本以上飲み干し済には見えないのは少し卑怯だと思う。
「そうであるとしても、君に実戦を生き延びるだけの技量が備わっているわけではない。今までは、偶然たまたま強運を引っ張ってきてなんとかなったにすぎません」
ごもっともすぎて頷くことしかできない。
俺からの反論がないことを確認し、大向井が続ける。
「これは、今後の勇者消滅作戦において、君に必要最低限の技量を強制的に得てもらうための期間です。それ相応のコストと時間を使っているのは、あなたに対しての期待と敬意です。ただし、だからといって、死んでしまう又は致命傷を負ってしまうようであるなら。それが偶然であれ必然であれ。運がないというのなら。そうであるなら、不適合という評価をくだします」
「きっちぃね」
「仲間であることは認めています。そのうえで適正ではなかった、となります。そうならないことを強く切望します。加減はなしです」
大向井の覚悟は決まっている。
大向井だけじゃない。
レオーネもネージュも。これから転生してくる彼ら彼女らは15年前からとっくに決まっているのだ。
俺の覚悟が決まってからは、まだ数週間程度。
実際の覚悟に至る行動も、これが最初かもしれない。
だから彼ら彼女らに、想いが追いつくことは、けっしてない。
それでも近づけられるだけ。
できうる限りは。
彼ら彼女らのそばで、戦いたい。
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