21話 俺たちの戦いはこれからですが、何かっ!?

 あれから大向井には相当のガチのマジでキレられた。怒られたというよりは、キレられた。

 具体的には出発駅まで引き返した上で、きっちり学校の教室まで出戻りしたうえで、怒られた。

 勝手に勇者を呼び込んだことは、この世界の運命を終わらせてしまう可能性があったとのこと。

 いま、俺が俺として生きていることはただの偶然であり奇跡であり、勇者の気分がよかっただけであるとのことだ。


「世界が終わってしまう可能性がすぐそこにあったことを、もっと深く自覚してください」

 それからさらに長時間の説教を受けることになった。


「今後二度と、自らの意志で勇者を呼び込むことはしないでください。したら、殴って縛って監禁しますから」


 目がマジだった。口調もガチだった。

 大向井のことだから次にやらかしたら、どんな真っ当な理由があろうと本当にそうなるのだろう。

 今後勇者を呼ぶことになりそうなときは、本当の際の際の最終手段にしよう。少なくともちょっと相手の態度にイラっときたからといって呼ぶことはやめておこう。

 その日はそれで解放になった。ラッキー。


 翌朝、いつものように登校中に合流したレオーネからは感謝された。

「助かったよ。改めてありがとうね。恩人だね」

「あんましなんもやってないっていうか。俺が目を離したことが遠因っていうか」

「どのみちあの子が後先考えず行動することを決めたあとは、どうにもならないことが確定。だからそれは気にしないで」

「そ。それよりさ」

「そうですね。それより」


 俺とレオーネが同時に背後をうかがう。

 当たり前のように微笑むネージュが、俺の背後にいた。


 おおよそ数歩距離を置いているが、俺が団地から出てきた直後からそこにいた。話しかけてくることもなく、かといって一定の距離を詰めてくることもなく、そこにいた。なにこれ?

 レオーネも合流直後からギョギョっとしていたが、あえて触れない状況だった。

 今の今まで頑張っていたが、我慢の限界に達したのは、やはりレオーネが先だった。


「ネージュ。今度はなんなの? ストーカーなの?」

「レオーネ。うるさいです。話しかけないでください。加々見様」

「はい?」

「わたくし、あなた様に見惚れました。ついていきます」

「いや、あなたの心身をぶっちのめしたのは、勇者であって俺は違うけど」

 君は散々俺に肉肉言っていたじゃん、と思う。

 ネージュは微笑みを崩さず首を振る。

「いいえ。あなた様の、言動が、勇者を引きずりだした。わたくしと対峙して拷問の末に勇者が出てきたわけでもありません。あなた様の胆力と行動が、あの場に勇者を呼び寄せた。見事です。惚れました。一緒にいてもよろしいでしょうか」

 困ったね。面倒くさい方向へフラグが向いている。

「よかったじゃない、初彼女じゃないっ!」

「俺一応そこそこ日向の者だから。女子と仲良く一緒にいる時間はもともとかなりある方なんで」

 こういうガチめのサイコパスの面倒まで見るのは、正直許容範囲外だ。


「そうだったんですね、さしあたりなければ、その女性陣の氏名を教えてもらえますでしょうか?」

 さしあたりしかねぇよっと思ったので、笑顔で首を振っておく。


 学校に着き、普通に授業を受ける。

 当たり前のように内容は耳から通り抜けていくだけだった。

 考えていることは、いつものことだ。


 転生するか。

 転生しないでこの世界からお別れするか。

 勇者が顕現したことで、俺の中で思うところも増えた。

 大向井のような大真面目をガチで激昂させ。意固地になった面倒女子のネージュはすっかり俺の中の勇者様のメロメロだ。


 俺が思っているよりも、俺の中にいる存在は、巨躯であり凶悪だ。

 だから。俺は。



 あんなことがあったあとでも、当たり前のように放課後魔法講習は継続だった。

 いつものように「護衛だから」と、レオーネが最後尾の席を確保している。

「一緒に帰るためですから」

 と、ネージュも隣の席へ居座るようになった。


 いつもよりも、少しだけざわつきとアオハルときらめきが増している。たのしい。

 大向井はそんな状況どこ吹く風で、当たり前のように講習開始しようとする。


 俺は控えめに挙手してみた。

「あの」

「加々見君。なんでしょうか」


「先生。一つだけお伝えしたいことがあって」

「構いません。人払いを?」

「いえ、レオーネも、ネージュもいてもらって構いません」

 レオーネはどこか不満そうに笑っている。ネージュはどこか不安そうに微笑んでいる。

 別になにかするわけではない。

 改めて、俺だけ覚悟が決まっていないような気がしたんだ。


 レオーネも、ネージュも。無論大向井も。

 そして来月以降、これから日本に転生してくる奴らは皆、勇者消滅という使命を帯びて、そのために、当たり前のように命を賭けてやってくる。

 そのために人生を、すべてを賭けている。


 俺も巻き込まれてしまった以上、やることは近いかもしれない。

 でも俺はやっぱりまだ、巻き込まれただけって気がする。

 舞台に立っているはずなのに、舞台袖で所在なくたたずんでいるような立場な気がしていたのだ。

 時々強引に舞台中央へ引っ張られるけど、あくまで舞台にあげてもらった、ところから踏み出せていない気がするのだ。


 だから俺は。そこから。一歩、彼らに、彼女らに近づきたい。

 自らの意思で。

 彼ら彼女らのいる舞台へ。


 息を吸う。軽く深呼吸。案外落ち着く。ふぅ。

「勇者消滅作戦ですけど。転生しないことにしました」

「そうですか」

「でも勇者と一緒にこの世界から消えてやるつもりも、ないっ!!」

「なにいってんだよ、加々見」

 レオーネが焦り声で近づいてくる。ネージュはその場で難しい顔になっていた。

 大向井は表情変わらず、不精面。

「続けてください」

 とのことだ。

 俺は素直に言葉を吐きだす。余計な遠慮も忖度も必要ない。


「やり方なんてわからない。劇的な作戦があるわけでもない。でも俺は決めたんだ。勇者消滅作戦に協力はする。でも転生なんて道は選ばない。この世界で生きていく。だから勇者と一緒に消滅もしない。俺は消滅しないで、勇者の魂だけを消滅させる道を、探したい」

「どうするって、それはないのか。代案はないのか」

 とレオーネ。一瞬の期待と即座のがっかり。


「ない。だから俺もこれから魔法を学んでいく過程でそれを探す。勇者を消滅させて、なおかつ俺がこの世界に留まる方法を」

「加々見くん」

 大向井。俺は熱くなっていた心を落ち着かせるように息をつく。

「はい」

「あなたの考えていることは、無論、我々の王宮魔術師らも検討は、しました。ただし方法なし、と結論がでています。それでもよいですか」

「え」

「現状王国における最高頭脳数十人が、不可能という結論をだしております。それでも君は、勇者を消滅させたうえで、君の魂だけはこの世界へ残る。そんなミリ単位の奇跡を目指すのですね? 奇跡がならなければ、あなたは当たり前のように勇者と共に消滅です。それでも君はやるのですか」


 考えるまでもなかった。

 いやもうすでにそれは考え尽くしていた。結論は変わらない。

 これが俺にとっての、レオーネや、ネージュや、大向井と一緒にいるための、覚悟だから。

 大向井は優しい。きちんと道を示してくれる。


「やるよ。可能性がゼロに近くても、絶対に。向こうの世界の常識じゃ見つからない何かを、見つけるよ」

「ならば」


 大向井が、俺の目の前までやってくる。

 それからうやうやしく膝をつく。

 視線が合う。

 初めてだった。

 こんなに優しい、心の温かい瞳をしている、大向井は。


「ならば君は、私の生徒だ。私が立ちあげた最初のクラスに、君も加入だ。本当の同志だ。共に成果をだそう。共に命賭けだ。その瞬間まで、君の命は私が保証します。必ず守ります。勇者消滅するその日まで。ようこそ、私のクラスへ。加々見君。一緒にいきましょう」


 大向井が。

 レオーネが。

 ネージュが。


 皆、頭をさげていた。よろしく、と。これから先も、と。


 俺は。

 俺も同じように頭をさげる。

 これからも迷惑かけます。

 これからもお世話になります。

 これからも頑張ります。


 そんな想いを込めて。俺もゆっくり、頭をさげた。

「これからも、よろしくお願いいたしますっ!」

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