第4話

 田潟が「麻雀しよう」と言った。部室に行ったらちょうど同期の山本やまもとという男がいたので、三人で卓を囲んだ。俺は、ボロボロに負けた。


 田潟は大学に入ってから麻雀を知ったというド初心者で、初心者大歓迎という部長の手で半ば無理やりサークルに参加させられたのだと、いつだったかの飲み会でボヤいていた。山本は普通のオタクで、麻雀を扱うコミックから影響を受け「実際に麻雀やってみたくなった」という理由でサークルに籍を置いたのだという。俺は。俺はあまり大きな声では言えないけれど、10代の頃から雀荘に出入りしていた。そこで金を儲けたこともある。だから俺が、田潟と山本に負けるなんて、有り得、ない。


「椎野、俺もちょっと思ってたんだけどさぁ」


 煙草に火を点けながら、山本が言った。


「おまえ最近おかしいよ。って周りに言われたことない?」

「おかしい……って?」

「急にバイト全部辞めたり、飲み会にも来ないし。それにその……髪? どしたん? 誰かの真似?」


 山本は『』というオブラートを使ってくれたが、その『誰か』がのことだとすぐに分かった。逸早も白に近い金髪をしている。地毛かなって思うぐらい艶々の金髪だ。逸早は顔立ちが整っているから似合うけれど、俺にはこんな髪色、似合わない。


「その……なんだ」


 でも、どう説明すればいい? 俺も気付かないうちに髪の毛の色が変化してたって言って、山本も田潟も信じてくれるか? 俺だったら信じない。今後俺みたいなやつには関わりたくないって思って距離を取る。

 口を噤んだ俺を田潟がじっと見詰めている。そうして彼は、言った。


「バイト辞めた方がいいと思うよ」


 俺もそう思う。

 でもどうやって?


 逸早は当たり前みたいに俺のことを毎週誘ってくる。俺はもう、あの銀色の建物の中にいる人たち──ブラックスーツの男とか、他のスタッフの顔を覚えてしまった。常連なんだ。俺は。それに、あんな、消しゴムを練る程度のことで大金が貰えるバイト、他にない。たとえ途中で失禁して退場することになっても、十万円は絶対に貰えるんだ。だから。俺は。だから。


 週末。食堂にいると、逸早が「シノ先輩」と声をかけてきた。ニチャッと笑っている。「ああ、」と言葉返す俺も、同じニチャッとした笑みを浮かべているのだろう。

 山本と三人で麻雀をした日、田潟は俺にこう言った。


「俺や山本に勝てないぐらい集中力散漫な状態であんな仕事続けたら、死ぬよ」


 田潟は俺の仕事のことを知っている。どうして?


「誰かに何か言われましたか?」


 心を読んだかのように、逸早が尋ねる。俺は少し考えて、首を横に振る。


「別に」

「じゃ、週末大丈夫です?」

「もちろん」

「良かった」


 逸早がニチャッと笑い、俺もニチャッと笑い返す。

 消しゴムを練るだけで百万円。あの銀色の建物に就職できないかな、俺。そんな風に思う俺を、窓際のテーブル席で焼きそばパンを手にした田潟が憐れむように見詰めている。笑みを向けたら、大きくため息を吐かれた。


 年末を無事に乗り越え、年明け。今週末も俺はバイトに行く。髪はどんどん白くなる。鏡をふと見ると、。整頓されている。別に俺は、死んだりしない。


 おしまい

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あなた向きのお仕事 大塚 @bnnnnnz

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