ドンドコ、ドコドコドコ
弟夕 写行
第1話 オラの村
オラの村は平和だ。大きな争いも小さな争いも起こったことがない。ましてや犯罪者が出たなんて話もねぇそうだ。
あるのは取り囲む山と、ありったけの木、それと小さな家々だ。
お父とお母は一度も喧嘩したことがない。
結婚したのはオラの年と同じく十五年前で、オラが産まれるとわかって結婚したらしい。
皆ああなりたいものだとよく口にするほど仲が良いと評判だ。
お父は裏の田で一日中働き、お母はその間織物を作ったり、飯を作ったりしている。
村のだいたいがこんな具合だ。
お母は一生懸命に、そして無口に働くお父を見て惚れて昔から思い続けていた んだという䣎その昔䣬 ていうのがお母が十一の時お父が十四の時、オラよりも下の頃からだなんて、オラも羨ましく思う。
そういうわけでオラも喧嘩したことがない。
ミっちゃんやゴロウにタツとはよく遊ぶし何度も会ったけど喧嘩になりそうなことすら起こったことがない。
オラはときどきお父とお母のような人になりたいと思う。
皆から 5 羨ましがられるような恋人を持ち、幸せな家にしたいと思う。
こんな鈍臭いオラにだって好きな人くらいいる。
隣のヨシコちゃんだ。オラと同じ十五才で、ずっと仲が良いし、きっと向こうも良く思っていると思う。
オラの一番古い記憶はヨシコちゃんのことだ。
三才のよく晴れた春だ。 オラはもう歩けてて、よく家からひとりでに出ようとしていたという。そのたびにお母は慌てて引き戻したらしい。でもオラはその時、お母がそこにいなかったのか、偶然お母が忙しくて見ていなかったの か、家から出れていた。そのまま隣のヨシコちゃんちへ向かっていた。
その時、ヨシコちゃんはヨシコちゃんのお母に抱かれていた。ヨシコちゃんのお母は元気に飛ぶ蝶を見せていたんだ。ヨシコちゃんは蝶の動きに合わせて顔を動かして、時々捕まえようと手を伸ばしていた。
オラはそれをじっと見つめていた。そこへ、「市兵衛!あんた何しとるさ!」とお母が大声を出しながら駆けてきた。
オラはウワっと泣いてしまった。
怒られたからよりも、大声を出したお母に驚いたからだ。声に驚いたのはオラだけじゃなく、ヨシコちゃんのお母そしてヨシコちゃんもだ。ヨシコちゃんのお母はこちらを見ていた。顔は覚えてはないがたぶん心配していたと思う。
ヨシコちゃんもたぶんこっちを見ていたはずだ。あんなに蝶に集中していたのにだ。ヨシコちゃんは泣くオラを見てどう思ったのだろう。オラがそのまま抱かれながら家へ戻されるのを見て、どう感じたのだろう。
そんなことのんびり考えてると、日が暮れた。お父が帰ってくる頃だ。
ガラガラ。お父は帰るときも無口だから、戸の音で帰ってくるのがようやく分かる。
「おかえり、あなた。」
お父はそのまま囲炉裏の側にドカっと座り、やっぱり黙って用意された飯を見ていた。
お父が日が沈む前に帰ることが習慣なら、お母の飯がきっちり出来上がっているのも習慣だ。
「いただきます」
お父が初めて口を開き、そのまま野菜を口に運ぶ。
オラもお母も続けて号令して、ご飯を食べ始める。
「あなた、明日はオトドヌ」
「ああ、もうそんな時期か。」
オラは二人の会話を尻目に飯をかきこむ。
オトドヌは、オラたち子供には関係のねぇ行事だ。
そう思ってると、父親が腕と箸を置いてオラの方に向き直った。
「市兵衛、お前も15だ。明日のオトドヌ、手伝ってみないか?」
オラはあんまり急なことにポカンとしちまって、それからぶんぶん縦に首を振った。
オトドヌに参加できる。鈍臭いオラもようやく大人に近づけるんだと思うと、嬉しくて嬉しくて、明日がちっとでも早よ来て欲しいから、オラはさっきよりもっと勢いよくご飯を食べた。
ドンドコ、ドコドコドコ 弟夕 写行 @1Duchamp1
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