流れ星の想い、遥かな君へ
季都英司
流れ星で文通をする彼方の少年少女のお話
ある夜、流れ星を眺めていたら、まさかの自分の前に落ちてきた。そんなことある?
光り輝く星を手にして、こんなこと一生に二度はないよなあと感慨に浸っていたら、追い打ちのような出来事が起きた。その星から映像が投影されたのだ。さすがに驚いた。
そこにはそれはもうおとぎ話にしか出てこないような、豪華なドレスを身にまとった可憐なお姫様が映っていて、僕に向けて何か話をしているようだった。だが、どうやらそれは、記録映像だったようで、舞い上がった僕は何度かうっかり話しかけたが、当然のごとく反応はなかった。実に恥ずかしい。
お姫様が言うには、自分は生まれたときからずっと、ある星の城の中に閉じ込められているらしく誰とも話ができないもんだから、人との交流に飢えていてだれかとお話がしたい、ということらしい。なんでも彼女は星に記憶を閉じ込める力があるとのことで、この世界の誰かにお話を聞いてもらうべく記憶を込めた星を落としたのだそうだ。 お話をしたいと言っても、こっちの話はどう届けるのさと思ったら、この星に声を記録して、再び空に放り投げれば、またお姫様の元に返っていくのだそうだ。よくできている。
なんと不思議な出来事に出会ってしまったものだと思ったところでふと気がついた。
これ、よく考えてみれば要は文通だなと。
方法はあまりに不思議だが、お互いの話を書き綴って時間をかけてやりとりをするなんて、手紙を郵便屋さんに託すのと変わりはしない。しいて違いがあるとすれば、星をまたいだ超遠距離の文通になるということくらいか。
……いや、これやっぱり相当すごいことだな。
これが人から聞いた話なら、なんの冗談だと鼻で笑うところだが、自分事なので笑えない。
一般庶民の僕が、いきなりこんなおとぎ話に巻き込まれるなんて考えても居なかったので、正直かなり迷った。面倒なことになりはしないかとか、そもそもこれは本当のことなのかとか。
けれども僕は最終的に、このお姫様と話をしてみようと決めていた。だって、面白そうじゃないか。
こんな平凡な人生を歩んできた僕が、別の星の女の子と話ができるなんてこれを逃したら、もうありえないだろう。
ということで、僕は言われたとおりの手順で、簡単な自己紹介と、星を受け取って本当に驚いたこと、お姫様が普段どんな生活をしているのかなんてありきたりな質問なんかを、星に手短に吹き込んでみる。かなり簡素になったのは、そもそも手紙すらしたことがなく何を話していいのかわからないのと、映像も記録されるらしいのでかなり緊張したと言うのが大きかった。
なんとかメッセージを吹き込めた星を、最初の説明に従い、星が落ちてきた方角の空に掲げて放り投げた。
星は少しだけくるくると辺りを回っていたかと思うと、とてつもないスピードで空に向かって消えていった。まるで地上から空に流れ星が登っていくようだった。
正直なところ本当に飛ぶのかと疑っていた僕は、しばらくあっけにとられて、馬鹿みたいに空を眺めていたんだ。
お姫様から返事が返ってきたのは次の日の夜。
またも僕の前に直接落ちてきた星は、手にすると唐突に光り映像を映し始めた。そこには昨日と同じお姫様が映っていた。
心なしか微笑みと高ぶりが混じったような表情をしていて、なんだか話すのが待ちきれないと言ったような感じを受けたのは僕の気のせいだろうか。
星のメッセージにはこんなことが綴られていた。
お話を届けてもらえてうれしかったこと。
本当に久しぶりに人の言葉が聞けたこと。
代わり映えがしないからと恥ずかしそうに、僕の質問に答えて普段の生活について話してくれたこと。
そして、僕の普段についても教えてもらえないかと聞かれたこと。
そして最後に、これからも僕と話したいから、次のメッセージを待っていると強く伝えられたこと。
僕は、本当に星を通じて文通ができたことに感動すると同時に、こんなにも環境が違う別の星の女の子と話ができていることに興奮してもいた。 気恥ずかしさや、ロマンや憧れ。そんな感情がいっぺんに押し寄せてきて。ベッドの上でゴロゴロ転がりたくなるような気持ちが体全体を動かしていた。
それからの僕は、お姫様と星の文通をするのが日課となった。彼女の返信は毎夜に星とともにやってくるので、夜が来るのが楽しみになっていた。 いろいろなことを彼女から聞いた。
彼女の星は僕の星から遙か遠くにあって、たぶん僕の星からも見えていること。
彼女の仕事は、星を造っていろんな星に降らせることで、要は世界中で見えている流れ星は彼女の仕事だということ。
一番うれしかった話は、彼女が今話しているのは僕だけだと言うことだった。なんでもこの話が他の人にばれるとまずいらしくて、気づかれないように流れ星の中にほんの少し混ぜて送ったものなんだそうだ。
僕だけが特別という感覚は、さらに僕を有頂天にさせた。
僕からは、この街の平凡な暮らしや、街の中でおいしいお店や、綺麗な場所の情報、あとみっともないところは伏せた形で自分の生活や仕事のことも話してみた。彼女はどれも興味深そうに聞いてくれたようで、かなりつっこんだ質問も返ってきて返答に困るくらいだった。
本当にお姫様なのか、普通の街の暮らしや常識的なことを何も知らないようだったので、僕も面白くなってきて、当たり前の些細なことを特別なように話すのがとても楽しかった。
とにかくお姫様と話す日々は僕にとって、とても大切で幸せな日々だったのは間違いなかった。
僕からのメッセージを送った日は、お姫様のいるであろう星を探して眺めているのも習慣になっていた。
そんなことが一年も続いたある日のことだった。
お姫様からのメッセージに映る彼女の顔が曇っていた。いつもはニコニコと上品で楽しそうな笑顔を浮かべているというのに。彼女は言いにくそうに話を切り出した
なんでも、お姫様のいる星が周回軌道を変えるという話になっているらしい。僕にはそれだけだと何のことかわからなかったのだが、それは向こうも察してくれていたようで、詳細に説明をしてくれた。
どうやら僕の星との距離が大きく変わってしまうのだそうだ。また、軌道が変わることによって、間に別の星が挟まってしまい、星を僕のところに届けるのが厳しくなってしまいそうと言う話らしい。
僕はその話に衝撃を受けていた。だって、それは、この素敵で幸せな星の文通が終わってしまう可能性を告げているものだったから。
今の僕にとってこの文通はもはや人生の一部と言ってよかった。それがなくなったとき僕はどうなってしまうのか。考えたくもなかった。
お姫様は最後に、でも心配しないでほしいと、遠くなっても届けられるはずだと、もし届けるのが難しくなってしまってもなんとかしてみせると、そう繰り返し言って、僕を安心させようとしているようだった。僕とお姫様、二人にとってこの文通が大事なことなのはもう言わずともわかっていることだった。
僕も、きっと大丈夫だと、根拠のないことを空元気をいっぱいに込めたメッセージを送り返してた。もちろん本心とは真逆だった。
しばらくして、お姫様からのメッセージでやはり軌道を変えることが決まったと聞かされた。
その頃から、少しずつ、返ってくるメッセージの間隔が開くようになっていた。
最初は毎日だったのが、二日に、そして三日四日とじわじわと届くのが遅くなっていた。向こうから届くのが遅くなるだけでなく、こちらから届くのも遅くなっているということだろう。
待っている間が非常にもどかしく、届いたメッセージはかじりつくように聞き込み、込めるメッセージはどんどんと長くなった。記録できる限界があるということもこの時にはじめてわかった。
お互いの口調や表情も無理に明るくしているようなところが隠せないようになっていた。この頃には僕はもう心のどこかで、この星の文通の終わりが近いことを感じつつあった。それでもそれを信じたくなくて、取り繕うように日々のたわいないことを、これからも変わらないのだと言うように話し続けた。永遠はあるのだと信じたい子供のように。
そして、ついに星の到着が十日を超えるようになった頃、お姫様がこのメッセージが最後になるかもしれないと切り出した。
もう、僕の星と彼女の星は、流れ星の到達限界まで遙か遠くなってしまったのだそうだ。このあとは、送り出すことはできても無事に届く保証がないこと。他の星や障害物にぶつかって届かなくなってしまう可能性が高いこと。そんなことを本当に申し訳なさそうに話していた。
僕はその言葉を聞いて、落胆すると言うよりも現実のことだと思えない気持ちの方が強かった。いつかの終わりを覚悟しようとしていても、どこかでまだ、この二人の文通は続くのだと思っていたから。
けれど、現実ではないと思うのも、当然なのかもしれない。だって、はじめからこの文通自体が幻想のような、おとぎ話のようなものだったのだから。ならば、絵本を読み終わるようにお話が終わるのも当然なのかもしれない。
僕は頭に霧がかかったような、どこか遠い気持ちで彼女の言葉を聞いていた。
僕はいつものように、自分の近況と彼女の話への感想、そして最後にこのやりとりが本当に楽しかったこと、そして、いつまでも続けていたいと思っていることを記録して、星を打ち上げた。
その日からしばらくメッセージは届かなかった。一月待ち、二月待ち、そして半年が過ぎた。
正直なところ、もうお姫様からの星は届かないのだと結論づけていたとき、その星は届いた。
僕は飛びすさぶほど激しく驚いて、そのあと飛びつくように星を両手に包み込んだ。大事なものを誰にも渡さないためにしまいこむ子供のように。
しばらくそうしていたあと、決意を決めてお姫様からのメッセージを開けた。
そこに半年ぶりの彼女がいた。遙か遠くで手が届かないほど彼方で、それでもずっと近くに居てくれたような気がしていた彼女が。
涙がにじむのがわかったが、止められなかった。 メッセージの中の彼女は語った。
届かないかもしれない星の手紙を、今でもずっと降らせ続けていると。この状況で一つでも届く奇跡があるなら貴方に伝えたいことがあると。
ずっと貴方は私に幸せをくれた、今まで決して手に入らなかった人との会話を、交流を、暖かい気持ちを、貴方はくれたのだと、この日々が何にも代えがたい宝物になったと。
僕は泣いていた。声を上げ、にじむ視界でそれでも彼女を一秒たりとも見逃さまいとするように見続けた。
僕こそが伝えたかった、君が僕に素敵な日々をくれたと、平凡で何も成さない僕が、生きる意味をもらったと。伝えたいことはいくらでもあったが、それを言葉にすることはできなかったし、伝えるべきではないと感じていた。
それは、本当は君に会いたかったという想い。
この気持ちは伝えられないまま、星の隙間に消えていくのだろうと思った。
その上で彼女は最後に語った。
幸せをくれた貴方に返せるものがない。なにかお礼をしたかったと。メッセージの中で彼女は泣いてはいなかった。最初と同じような凜とした表情でそこにいた。思い上がりかもしれないが、だからこそ、それ以上につらさをかみ殺しているのだとそう思えて仕方なかった。
だから、僕はおそらく最後となる星に、この言葉を込めた。
『僕と君の星の文通はひょっとしてここで終わってしまうのかもしれない。でも、大げさかもしれないけど、二人の絆はこれからもずっと続くと信じたいし、君もそう思っていてくれるとうれしい。
最後に、ここまでで本当に十分に素敵なものを僕はもらったけれど、もし君が僕に何かをくれるというなら、これからもずっと流れ星を僕にみせてほしい。流れ星が見えるたび、君がいること、君が僕を覚えていてくれることを感じられるから。
そして、その流れ星を眺めて僕は願いを託すよ。この星みたいに君に直接は届かないかもしれないけれど、想いが星を通じてこの遙かな距離を超えて届くと信じて」
最後の星を僕は打ち上げた。
この星がお姫様の元に届くのかどうかはわからない。だけどきっと、星に込めたこの言葉と想いは彼女に届くと、なぜだか僕は心から信じられたのだった。
それから幾年月か。
僕は今日も夜空を眺める。
あの星の交信からしばらくたったころ、僕の街からは流星群が時折見られるようになった。
それが、あの日の願いの結果なのかは知らない。届いたからなのかそうではないのか、どちらでも僕はかまわない。
お姫様の仕事は星を降らせること、流れ星が見えるそのとき、星の向こうにあの日心を交わしたお姫様は虚空の向こうにいる。それでよかった。
二人の文通はほんの短いおとぎ話だったのかもしれない。
それでも、物語の痕跡はこの世界に残っている。僕の心の中にも消えない記憶として暖かな光を放っている。
僕は今日も夜空に流れる星を眺める。
彼女の星はわからないけれど、あの流れ星の向こうにいる遠い世界のお姫様のことを想いながら、いつものように星に僕の言葉を届けている。
流れ星の想い、遥かな君へ 季都英司 @kitoeiji
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