第4話 亡国

「ふぁ〜〜、ねむ」


 レザールの発言に驚かされてから約1日が経ち、クライムは大きく欠伸して退屈を持て余していた。


「にしても姫様おせぇなー、いつもならもうじき来る頃なんだが」


 そこまで喋ってクライムは漸く自分がレナーラを待ち侘びている事に気づいた。この気持ちは今回が初めてではない。おそらくこの会談が始まってから割とすぐに、もしかしたら2回目から既に、自分は彼女に惹かれ、会いに来てくれる事を喜んでいたのだろうと悟った。


「早く来てくれねぇかねぇ」


 今日は特別なプレゼントを用意しているのに。



「ん?」


 レナーラを待ち焦がれていると、外から喧騒が聞こえてきた。そしてそのボリュームはどんどん激しくなっている。


「なんだ?お祭りでもしてんのか?」



―――――――――――――――――――――――



「………………」


 クライムが待ち焦がれている頃、レナーラは自室のベットに寝込んでいた。朝からではない、昨日の夕方に國銘騎士こくめいきしトリスタンが告げたクライムの死刑執行を聞かされてからずっと、食事もせずに部屋に篭っていた。


(クライム、クライム、クライム、クライム……)


 毛布に身を包み、今までのクライムとの思い出を何度も何度も思い返していた。


 レナーラは子供の頃によく読んでいた絵本が好きだった。正確には、絵本の中に出てくるかっこいい騎士が好きだった。物語の中ではその騎士は正義をうたい、悪をくじき、弱きを助け、まさに理想の騎士だった。

 

 だがレナーラが一番心打たれたのは、悪役に囚われた一国の姫を颯爽と助けるシーンだった。それを初めて読んだ時は心が震え、いつか自分もこんなかっこいい騎士に助けられたいと、子供心に思っていた。

 

 それからレナーラは騎士について特に厳しくなった。自身の側を侍り、守る存在の専属騎士については一切の妥協を許さず、多くの騎士が立候補したが全て落とした。


 あの騎士の様な、自分の心を揺らす様な人物を、レナーラはそんな騎士を探し回ったが、そんな存在は騎士団にはついぞおらず、レナーラは大きく失望した。


 子供の頃、8才の時にその失望を味わい、それを契機に、レナーラの性格は荒れた。


 なぜ理想の騎士が現れない、なぜ私がこんな思いをしなくちゃならない、私はお前達に裏切られたと、行き場のない、側から見たら理不尽な怒りを暴力に変え、立場が下の人間に吐き出した。

 そして一國の皇女という立場が災いし、それを止める者がいなかった為、今のレナーラは出来上がった。


 そんなレナーラはある情報を小耳に挟んだ、なんと村一つを一人で滅ぼした男がこの國に来ているらしい。

 レナーラは好奇心が湧き、父にお願いして裁判に同行した。

 大罪人が死刑を宣告される時に浮かべる顔でも見てやろうという、残虐な思いがあった。


 だがその思いは、その大罪人を見たと同時に消え去った。

 


 ――見つけた。

 


 代わりに生まれた感情は歓喜。ただの喜びではなく、とても、とても――狂気的な。


 あの時とは比較にならない、心が揺さぶられる程度ではない。まるで、心を鷲掴みされた様な。


 ――見つけた、見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた!!


 物語の騎士の様な、ではない。物語を超えた、想像を超える騎士。


 ――この人、この人だ。この人が、私の騎士!!!



 裁判の記憶はない。心と頭から出てくる激情に浸り、あの人を目に焼き付けていたから。


 ――会いたい、話したい、触れたい、触れてほしい、笑顔が見たい、泣き顔が見たい、困らせたい、困らせてほしい、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと、――一緒に居たい。



 そこからはその激情のままに行動した。

 彼に会いに行き、叱られ、脅し、会談する時間を設けた。その時間は余りに甘露で、時など簡単に忘れ、没頭した。


 自分の専属騎士になるという提案は渋られているが、それも良かった。空想を超えた想像以上の男として、どうかそのまま、自分如きの想像通りに動かないでくれとも思っていたからだ。彼を騎士にしたいという思いと、自分の想像を超え続けて欲しいという思いがジレンマを産んだが、その初めて体験する感情も彼が起因だと思えば楽しめた。


 何度も話していく内に彼の心が絆され、初めて彼女の前で笑顔を見せると彼女はその夜、その表情を思い出しながら何度も自分を慰めもした。


 


 そんな楽しくて、中毒的だったその日々が終わる。


 そう考えただけで心が砕けそうになり、身体中の熱が冷えていき、全身が震えた。


 立つどころか、起きる気力も湧かない。


 クライムが死ぬなら、私も――と、生きる気力も失いかけてたその時。


 ドゴォン!!


 レナーラの自室の扉が外から破壊された。


「え?」

「居たぞ、皇女だ!!」

「捕まえろッ!」


 押し寄せてきた人の群れがレナーラに襲いかかった。



―――――――――――――――――――――――



「ん?」


 執務室で決裁書に目を通していたレザールは遠くから響く騒音が聞こえ不審に思い顔を上げた。


「なにやら外が騒がしいな、今日は祭日ではない筈だが……」


 城下町で祭りをやっていれば、この辺りにも音が響く事はある。だが、今日は祭日という訳ではなかった。


「お気になられるのでしたら陛下、私の部下を確認に向かわせますが」


 そう提案するのは國銘騎士トリスタン、この國最強の騎士にしてレザールの専属騎士であり、彼の部下は執務室の扉の前で門番をしていた。


「いや、構わん。なにかは知らんが我が國の民が活気ついているのならそれは喜ばしい事だ。何か問題があれば騎士団が対処するだろう。お前の部下まで動かす必要はない」


 レザールが提案を却下すると、


「そうですか、では」


 

 トリスタンから玄を弾いた音が響き、レザールの体から血が吹き出た。

 


「ガフッ……き、貴様……ッ!?」

「おや、今ので死なないのですか。タフですねぇ王族のクセに」


 レザールは机に倒れ込み、トリスタンを睨みつける。

 トリスタンは、血を吐いているレザールを嘲笑い、蹴りを入れて床に転がらせた。


 すると扉が勢い良く開き、血濡れの若い兵士が活き活きとトリスタンに報告する。


「トリスタン様、宰相と全大臣の始末が完了!それと、第一皇女レナーラの身柄を拘束しました!」

「な、なんだと!?」

「うん、報告ご苦労様。それじゃあみんな城の庭園に向かって、レナーラもそこに。あ、レナーラに手を出したら殺すからね」

「了解致しました!」


 命令を受けると敬礼をしながら了解し、その場を後にした。


「か、革命を起こす気か!?」

「大正解。まぁもう起こしたんですけどね」


 レザールが導き出した答えに、トリスタンは戯けながら応える。


「レナーラを、どうする気だ……ッ」

「安心してください皇帝陛下、いや父上、貴方と違ってレナーラは幸せにしますよ」


 トリスタンは更に笑みを深め、恍惚としながら言った。

 

「まぁ、僕好みに調教はさせて頂きますがねぇ?」

「この、下衆がッ……!!」


 レザールは痛みを堪えながら立ち上がり、逃走を図った。あと少しで扉に触れるという所で、


 玄を弾く様な音が後ろから響いた。


 それと同時にレザールは背中から何かに貫かれ貫通し、その貫通した何かはレザールの前にある扉すら破壊し、レザールを廊下に吹き飛ばした。


「レ、レナーラ…………」


 震えながら空に伸ばした手は、力尽きた様に地面に落ちた。



―――――――――――――――――――――――



 太陽が沈み、月明かりが世界照らす夜。トリスタン帝國の城の庭園、その真ん中にレナーラは拘束され、力なく座り込んでいた。それを囲う様に多くの住民が松明を持ちながら中心にいるレナーラを睨み付け、怒号を浴びせていた。


 終わる事などないかと思えるその糾弾は、一人の男が現れた事で鳴り止んだ。だが代わりに、今度は彼を称賛する声が庭園に響いた。


「トリスタン様だ!」

「トリスタン様!我らが英雄!!」

「貴方こそ最高の騎士だ!」

「トリスタン様万歳!!」

 

「「「「トリスタン様万歳!!!!」」」」


 万歳!万歳!と、喝采を続ける住民に、トリスタンは困り笑顔を浮かべながら彼らを落ち着かせようと言葉を発した。


「やめてください、僕だけの力ではこの革命は成せなかった。これは皆さんが勝ち取った勝利です」


 その言葉は更に彼らに火を付け、割れんばかりの歓声を響かせた。


 トリスタンはやれやれといった表情を浮かべると、レナーラの側に向かい、彼女に語りかけた。


「どうだい?この割れんばかりの歓声、全て僕を支持する声だ。革命も無事に成り、これでトリスタン帝國は晴れて僕の物に――」

「……無駄よ」

「うん?」

「こんな革命が上手く行くはずがないわ!お父様が絶対許さない!!」

「あー……皇帝陛下か」

「そうよ!アンタ達なんか、お父様が全員死刑に――」

「皇帝陛下なら僕が殺した」

「……え?」


 レナーラは目を見開き、困惑した。


 (死んだ?お父様が?殺された?……この男に?)


 思考が纏まらず、トリスタンの言葉を咀嚼出来ずに呆けている。


「ですからぁ、もう死んでるんですよ。貴方が大好きなお父様は」

「う……嘘…」

「嘘じゃありませんよ、なんでしたら死体を持って来させましょうか?今も執務室の前で転がっている筈です」

「あ……貴方が…」

「はい、僕が殺しました」

「キサマァ!!」


 激しい怒りが生まれ、その衝動に立ち上がった。拘束されている為腕は振るう事は出来ない。しかしそんな事は知ったことかと、トリスタンに噛みつこうとした。


 トリスタンは襲いかかって来るレナーラの頬を思いっきり叩いた。大きな音が鳴り、レナーラは叩かれた勢いで体勢を大きく崩し、倒れた。


 頬の痛みと倒れた時の痛みに苦悶の声を上げていると、トリスタンはレナーラの顎を乱暴に掴み、顔を自分に向けさせた。


「安心して下さいレナーラ様、なにも僕は皇族の血を絶やすつもりはありません。そうすると後々面倒ですかね」


 レナーラはキッとトリスタンを睨み付けているが、そんな事お構いなしと、トリスタンは続ける。


「五年に一度、各國の王が集まり世界の指針について会議するという円卓議決。その参加条件は二つ、一つは王族または皇族である事、もう一つが、円卓の騎士の血を引いている物、トリスタン帝國の場合、円卓の騎士トリスタンの血を引いている皇族である事が、円卓議決に出る為の絶対条件」


 止まる事なく、楽しそうに。


「円卓議決に参加するという事は世界が参加者を國のトップだと認めたという事。それさえクリアすれば、革命が起こった事などどうでも良くなる」

「はッ、ならアンタには無理ね。アンタは皇族どころか貴族でもない、平民の血なんだから」

「ええ、不可能です。僕にはね?」


 含みを持たせるトリスタンの発言に、レナーラは訝しむ。そしてトリスタンは衝撃の言葉を口にした。


「僕と貴女の間に子を設ける」

「んなっ」

「そうすればその子は皇族の血を引く子供だ。そして僕はその幼い子供の代理として円卓議決に出席する、そうすれば、僕は晴れて世界が認めるこの國の王だ」

「な、何のために……そんな事………」


 レナーラ呆然と呟いた言葉に、トリスタンはとびきりの笑顔を浮かべながら答えた。


「そんなの決まってるじゃないですか、貴女を手に入れる為ですよ」

「…………は?」


 レナーラはその答えに呆気にとられた。トリスタンはそんな事を気にせず、自分の体を抱きしめ震えながら今まで溜め込んでいた思いを吐き出す。

 

「貴女と初めて出逢った時!心臓が震え、僕は歓喜しました!そして思ったのです、貴女を永劫自分の物にしたいと、その為なら如何なる労力や犠牲は惜しまないと!!!」


「な……何を…………言って……」


 市民を巻き込み、革命まで起こして手に入れたかった物、それは権力でも財でも名声でもなく、たった一人の少女。


 たった一人の少女、レナーラを手に入れる為だけに、彼は一つの國を滅ぼしたのだ。


「じゃあ……この革命は……私…の……せい……?」

「ええ、ええ!!その通ぉりです!!貴女が魅力的過ぎたから、貴女が皇族だったから、貴女のせい、貴女のせいで!!國は滅び、父も死んだ!!!」

「そん…な……ああ……あぁ……」


 自分が殺した、自分が滅ぼした、自分のせいで、自分が、自分が自分が自分が……


 

「ああ、ああ!!その表情!全てに、自分に絶望したその表情!!あぁ、堪らない!堪らない堪らない堪らない!!最高潮的快感エクスタシィィィィィィ!!!!」


 涙を溢し、抵抗すらしなくなったレナーラに、興奮しているトリスタンが我を忘れて喋りかける。


「さぁ、さぁさぁさぁ!!いざ初夜を迎えましょう!この記念すべき素晴らしい日に、私達二人の愛の結晶を!!育みましょうねぇーーー!!!?」


 トリスタンがレナーラを拘束している鎖を乱雑に引っ張ろうとすると。





 酷く脳天気な声が庭園に響いた。

 




「いやぁ、そいつは困る」




 ――黒鉄剣スワード雨模様ブラックレイン


 

 






――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――



長らく更新せず申し訳ありません。もう存在も忘れていたと思いますが、これからもボチボチやっていくつもりです。

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鸚鵡の騎士と亡國の皇女 伽藍堂 @garandou953

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