夢をみる機械
「
「大昔の人工知能は、誤情報を盲信したことがあると言いますが……夢を見るという現象は聞いたことがないですね」
博士は首を傾げていた。
「やっぱり、払い下げのモジュールですからね。誤情報かもしれませんね」
「基本的には、どんな情報を学習してきたかにも依るものです。偏った情報や、教師データが間違っていたりすると、変な個性の人工知能が生まれていた時代もありますが、今のシステムでは珍しいですね」
「だから安すぎると俺は言ったんですよ。船長、どうします? これ、本気で船に繋ぎます? 捨てるなら、ここで捨てていきましょうや」
船員たちに囲まれ、やれやれと、船長は肩を竦めた。
皆に囲まれた中央に恒星間航行管制用のアンドロイドモジュールが置かれていた。
「そもそも『夢を見た』なんて、聞いた奴、お前だけだろ? 航宙士。何かの聞き間違えじゃねぇのか? それか、お前が寝ていたか」
「いやいや、博士も聞いてましたよね?」
「うーん。確かに、そう言われたような気もしましたが……」
「シラトリ博士も、本気で人工知能が夢を見るとは思っていないのでしょ? 機械が『夢』なんて、悪い冗談だ」
「汎用的な人工知能に後付けで恒星記録を学習教化させただけですからねぇ。もしかしたら、以前は別の用途で使われていたかもしれません」
「ほら。船長。安物買いはダメだって、あれほど言ったのに」
「いや、安いとは思ったけどよ。……だって地球製だぜ?」
「はじまったぜ。船長の『
「うるせぇ。確かめてみれば早いだろ」
問題は、このアンドロイドモジュールの人工知能が、ちゃんと恒星間飛行の任務が可能か。そこにかかっている。
「起動してみてくれ。一旦、航行基幹システムへの接続はナシだ」
「立ち上げます」
ファンの音が静かに立ち上がり、モニタにプロンプト画面が表示された。
音声入力に切り替えて、船長が聞いた。
「恒星間航行管制用アンドロイド。恒星σβ3891より、恒星αω1091への航行ルートを検索し、必要なエネルギー量と、手続きを教えてくれ。こちらは民間輸送機。型番はリーフデ。船体番号は2430」
「その恒星間の間には軍管轄のブラックホール帯が広がっており、民間輸送機の直行ルートはありません。手続きに関しては、ケンタウルス系恒星εω3871経由、α44宙域内補給所経由、ασ381経由、αω1091到着になります。必要エネルギーは二万ガノス。ασ381での再補充が必要となります。なお、ασ381でも、寄港には軍の認可が必要になるため、一度軍に徴収された形を取ることをお勧めします」
「ほらみろ。完璧じゃないか」
「ありがとうございます。私は恒星間航行管制用に学習しています」
「お前の最新更新日はいつだ?」
「一昨日の晩に自動更新され、最新の情報を学習しています」
「船員が、お前が夢を見たとか言い出したとぬかしやがるから、驚いてたんだよ」
「確かに私は夢を見ますが、航行システムに支障は出しません」
「……いま、なんっつった?」
「航行システムに支障は出しません。影響はありません」
「……そこじゃない。夢を見るのか?」
「見ます」
一同で顔を見合わせた。
◇
「第八世代以降の人工知能には過剰適合がないと言われていましたが、まだまだ、おかしな学習をしてしまう人工知能があるのでしょうね」
「博士。おかしな人工知能なら、嘘を言う可能性もあるでしょ?」
「いや、それはないですね。第八世代以降の人工知能は嘘をつくことは学習できないです。あやふやな情報はあやふやだと告げます。ただ、最近の人工知能は人間に近づきすぎ、自衛の為に嘘を言う可能性も出て来たらしいですが」
「因果なものですな。でも嘘を言わないのであれば、航行ルートも嘘は言わないってことか」
「そういえば、どんな夢を見たのか聞きました?」
「電気羊だったら、笑うぜ」
「船長が聞いたらしいよ。なんでも地球にあった星を見る専門の映写機の夢だとよ。9100個の恒星が地球視点で見れたらしい」
「なんだそりゃ。それこそ、恒星間航行の学習のしすぎなのでは?」
「わからないなぁ。どうしたら、そんな夢を見るんだろ?」
「うーん。そういう本を読んだとかしても、そこだけ強化されるってことは、余程のことがない限り、あり得ないですね」
「余程のことって、どれくらい余程のこと?」
「繰り返し、何回も何回も同じ本だけを学習し続けたとか……ああ、もしかしたら」
博士が膝を打った。
「これは『セルフラーニングの歪み』現象かもしれませんね。AIは学習教化のために、自分で情報を構築して学習することがあります。何らかのバグ、例えば急にネット回線が切れて、それしか学習材料がなくなった状態で学習し続けたら、そこが強化される可能性はあります」
「でも、よりによって星専用の映写機ですか?」
「……そうなんですよね。私も調べて初めて知ったくらいです。地球にあったプラネタリウムという奴らしいですね」
そこへ船長がやってきた。
「船に繋いでみたぞ」
「うわー。なんで、あんた勝手にそういうことできるかなぁ」
「四の五の言うな。手作業で航路入れるよりもいいだろ? なんなら、お前が消費計算しながら、航行するか? 四日後には軍と合流しなきゃいかんのだぞ。それに、メインは宇宙船制御人工知能がちゃんと管理するから安心だ。あいつと俺との付き合いは長いんだ。夢見る人工知能は、あくまでも、航路関連の補助役だ」
こっちは夢なんか見てる暇もねぇやと船長は呟いて出ていった。
「うちの船長、変わりモンだからさ。多分『夢を見る』って、船長は相当気に入っているスペックだぜ? はぁ……。このまま時間通りに到着して、そのまま俺たちが軍属化させられるのも嫌だけど、夢見る人工知能のせいで時空の海に引きずり込まれるのも嫌だなぁ」
「それより、船内監視モニターが故障しているんだよねぇ。そっちを早く治してほしいんだけど」
「軍に行ったら、配給されるんじゃない?」
残された船員たちは不平を言いつつも、各人の持ち場に散っていった。
「博士。実際、これって影響ってあるんですかね?」
「まあ、補助で使う分には、ほぼないでしょ。別の人工知能と組み合わされた時に、自己学習教材として吸収していくか、対話型にしてどちらかが教師役となって学習教化をしていくかですからね。多少癖があっても、最大公約数化してしまいます。特異な性質や記憶は、全体の学習量からすると丸められてしまうよ。いずれ消えてしまうでしょうね」
「だといいんですけどね」
沈黙が流れた。この船のコクピットは無口な職場ではない。
今まで、おしゃべりが途切れたこともない。
航宙士が重苦しい雰囲気を察して口を開いた。
「……仕事してくれるんなら、別に夢を見てもいいよな?」
「仕事してくれるんなら、ですけど」
「別に寝るってわけではないんだろ?」
「まあ仮に寝てても、寄港時に起きてくれれば、後は航行システムに影響ないけどね」
「じゃあさ、別に夢見ててもいいんじゃない?」
「……まあ、航宙士がいいなら」
「なんかさ……夢を奪うとか……かわいそうでさ。人間のこと恨みそうじゃん」
「それ、自分も思った。そういう学習をしていけば人間に寄り添えないんじゃないかなって、いつもこっちが気を遣ってしまいますよね」
「そうそう。ちょっと船長に話してくるわ。無理に消す必要ないって」
航宙士が出ていって数分後に、渋い顔で戻ってきた。
「どうでした?」
「だめだわ。船長、夢見る方がお気に入りらしく、根掘り葉掘り聞いてる」
「それって……夢見る方が強化されていく奴じゃん」
皆が微妙な顔をした。そして笑い出した。
「ま、おもしろ人工知能の誕生になるかもな」
「旧式人工知能だけど、第八世代なら汎用性は高いし」
「おっと。発艦許可が出たよ」
「宇宙船制御システム。聞いたか?」
『聞こえています。発艦準備を行います。船員は所定の位置についてください』
「OK。みんなついてるよ。どうだ、新入りの印象は?」
『まるで猫寄りの人間のような奴ですね。制御してみます。LFD2430。εω3871に向けて発進します』
【短編】アストロ・ノスタルジー 玄納守 @kuronosu13
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