第25章「わたしが生きる世界へ」

「いやだめに決まってるじゃん」

「おねがい! 行かせて!」

「だめだめだめだめだめだめ」

「ちょっとだけ! ちょっとだけ!」

「むりむりむりむりむりむり」

「可愛い後輩を階段最上階ダッシュさせてといて今さらなにしぶってんですかあ!?」

「階段ダッシュと地上初体験は危険度がちがいすぎませんかあ!?」

 かなり論争が得意なアルタンに言い負かされ、わたしはぐぬうと口をつぐむ。

 後ろでは、ノアがじゃっかん引き気味にわたし達二人の様子を見ていた。

 ノア、一回でいいから地上の景色を見たいんだって。

 で、さっき『地上に行けるエレベーターがあった』ってアルタンが言ってたでしょ?

 だから上に行って、ちらっと景色だけ見て帰ってくるとかアリかなーって思ったんだけど……。

 アルタン、断固拒否。

「このまま一生ドームの中に引きこもるつもりなの? 今だれかがちらっと見てきた方がよくない?」

「それはそうだけど、今は僕達高一は全員いそがしいんだよ。いつか時間に余裕ができたら──」

「そのいつかっていつ?」

「それは……」

 かぶせるようにしてたずねると、アルタンは口をつぐんだ。

 わたしはさらにたたみかける。

「おねがーい! わたし達は一回死にかけてるから大丈夫!! なれてる!」

「いやなれちゃだめだって」

 ごめんね、いじわるして。後輩想いの先輩ってことで許して。

「じゃあぎゃくに聞きますが、今わたし達に許可を出して行かせるのと、わたし達が無断で勝手に行くの、どっちがお好みで?」

 こうなったら食い下がりに食い下がるよ。

 ノアのヒジをこづいて「ほらノアも」とうながすと、ノアは困惑した様子で、

「あの、五分でいいんですけど……」

 って、えんりょがちにアルタンを見上げた。


「はい再確認行くよー。制限時間は?」

「十五分!」

「それ以上たったら?」

「鬼の形相で先輩達がせまってくる!」

「エレベーターから?」

「はなれない!」

「めずらしいものを見ても?」

「持ち帰らない!」

「総長がいたら?」

「ポケットの銃でバリバリバリバリ」

 回答はばっちり。アルタンはめちゃくちゃしぶい顔をしながら、ガクッとうつむいた。

「…………くっ、行っていいぞ……!」

「「行ってきます!」」

 ほぼ強引にもぎ取ったリーダーの許可とともに、わたしとノアはエレベーターに飛び乗る。

 じとっとしたアルタンの顔が、エレベーターのドアにへだたれて見えなくなった。

「わっ、ひろーい!」

「そうですね」

 地上に行くためのエレベーターは、いつものやつの五倍ほどの広さだ。

 そのど真ん中に立って、わたし達はワクワクしながら地上に着くのを待っていた。

 ……でも、地下奥深くにあるドームだから、それなりに長くかかるらしい。

 上のモニターには『到着まであと五分』って表示されている。

「あの、なんでアルタンさんにあんなにしつこく食い下がったんですか?」

「え? だってノアが初めて自分からやりたいって言ったことだもん。全力でやらせてあげたかったんだ」

「ユイせんぱい、意味わかんないです」

 そう言うノアの表情は、最初会った時よりずっとやわらかい気がする。

「…………その、ありがとうございます」

「や、わたしも空とか見たかったし、いいよぜんぜん!」

「いや、そのことじゃなくて」

「え?」

 それ以外になにかしたっけ? とふしぎに思っていると、ノアはわたしを見上げる。

「総長に『お前は何者でもない』って言われた時、ああ言って反論してくれてうれしかったです」

 ノアの口元には、小さな笑みがうかんでいた。

 本当にどこまでも愛おしい子だなあって心から思いながらも、わたしは「ちがうよ」って否定する。

 きょとんとした様子で首をかしげたノアに、わたしはとびきりの笑顔で笑いかけた。

 だって、反論って言い方だとなんだか、わたしがあの時総長を否定するためだけに言ったって感じなんだもん。

「わたしがただ、心から思ったことを言っただけ!」

 そう言うと、ノアはばっとわたしから視線をそらし、耳まで真っ赤にして「わけわかんないです」とつぶやいた。

 うすうす気づいてはいたけど、ノアって、敬語と丁寧な態度でごまかしてただけで、ほんとはかなりお子ちゃまだよね……?

 そうほほえましい目でノアを見つめていると、きれいな灰色の瞳と視線が重なった。

 数秒間特に意味もなく見つめあっていると、ノアは視線をわたしに向けたまま首元に手を当てて、ぽそりとつぶやく。

「……ユイせんぱいは、ユイせんぱいですね」

「えっ、今なんて──わあっ」

 小さくてよく聞き取れなかった声に、なんて言ったのかを聞き返そうとした瞬間、左側の壁が横にすべるようにしてずれた。

 目立たなかっただけで、なにかの収納スペースのドアだったらしい。

 中から、いくつもの半透明の布のようなものがのぞいている。

 二人でそれに近寄ると、ピコンと音がして目の前に文字が現れた。

「なにこれ……えーと、『安全のため、必ずヘルメットとジャケットと手袋をご着用ください』だって」

「あってよかったですね、こういうの」

 見れば、ハンガーにかかっているジャケットの間に、なにもかかっていないハンガーがまばらにある。

 ……やっぱり、ここを出ていった人がいるんだ。

 そうふくざつな感情をいだきながらも、わたしは子供には大きすぎる透明でぶあついジャケットを身につけ、宇宙飛行士みたいなヘルメットを頭からかぶる。

 手袋にはていねいにスリースが搭載されていた。

 うーん、ジャケットは長すぎて、まるでドレスだ。

 ノアなんて、すそが床についている。

 あれ、でもこれじゃあおたがいの声が聞こえないような……って思っていると、耳元から女性の声がした。

『まもなく、地上です』

「うわあっ!」

 びっくりした。多分センセイやエストさまと一緒で合成の声だ!

『ユイせんぱい、これ音がつながってます。さけばないでください』

 それと同時に耳のそばでノアの声がして、わたしはもう一度肩をはね上げる。

「えっ? あっ、ごめん……」

 そっか、このヘルメットの中にマイクとスピーカーがあるんだ。

「あっ、ドアが開くよっ」

『はいっ』

 がこん、と一瞬だけ機体がゆれると、ドアが左右に開いていく。

 ごくりとつばを飲んで、生まれて初めて目にした外の世界は──。


「あ……」


 天井も壁もない。

 生まれて初めての感覚に、すううっと不思議な感覚が背筋をなであげて、思わず声が出る。

 でも。


 真っ黒い雲におおわれている空。

 木や建物がないから、ここからずいぶん遠くまで見通せるのに、ずっと続いているひび割れた地面しか見えない。

 その地面の上にはなぞの水たまりができていて、にごった雨が絶えずふっているっていうのに、あちこちで火が燃えさかっていた。

 人はいない。

 動物もいない。

 お花とか、草木とか、お日さまとか、そういう昔話に出てくるものは一切、存在しない。

 わたし達は、本当に、滅亡した世界で生きていたんだ。

「ボロボロだね」

『絶対生きていけませんね』

 あまりのひどさに、思わず笑っちゃた。二人分の笑い声が、ヘルメットの中をみたしていく。

 そしてわたしがおもむろに手を差し出すと、ノアがにぎりかえしてくれた。

 手袋ごしに人の気配を感じながら、わたしはふたたび地上の世界に目を向ける。

 手のほどこしようがないくらいに、全てが危険で、こわれている。

 もしかしたら、わたし達の世代が青空を見るのは、むりなのかもしれない。

 どれだけ生きている間にがんばったって、むだなのかもしれない。

 外の世界は理想とはちがう。全然ちがう。

 だけど、それでいい。

 うん、なんだっていい。

 これがわたし達の生きる時代なのは、どうやったって変えられないから。

 わたしは、ノアの手をかたくにぎる。

 ここが、わたし達が立て直していく世界で。

 今は、わたし達が彩っていく世代だ。

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