2.
「まさかね。二人合わせて一個しか食べれないとはね。ちょっと前まで、三つくらいは余裕だったのに」
薄めた橙色を水彩紙に広げたような秋空。冷たい向かい風が、優しく手の中を通り過ぎていくと、やっぱり、私には何も無いんだと実感する。
涙は、独りきりの夜に流れるだけのものじゃない。心の奥底から滲んでいく雨粒みたいなものだ。
見えないけれど、それは遠くの誰かの心に触れ、奇跡のような糸を紡いでいく。
そして、その糸が絡まるとき、ありふれた生活となって、私の前に現れる。
でも、その糸が解ける瞬間。
空が晴れたら、雨は乾いてしまう。今まで見ていた夢から覚めていくように、私たちは離れ離れになってしまう。
だけど、その終わりには。
晴れと雨、光と影。交わらないけど、全てを分かち合って――きっとすごく美しい空を見せる。
「――虹、架けちゃった。ごめんね、今まで、ずっと、見せられなくて」
嘘か本当かも言わないまま、彼女は私に向かって、そっと笑う。
ごめんね――その一言が、あの日の空みたい。すごく綺麗で、だけど泣きたくなってしまった、そんな空の色。
ただ浮かんでは消えて、それを繰り返す。心はたった一人の少女を除いて――無情な世界から多くの笑みを消す、冷たい雨になっていく。
そんな気持ちを置いてけぼりにして、半分に割れたドーナツは、大きな虹を架けている。
起こるはずのない奇跡。それでも、ただずっと待ち続けていくみたいに。
ああ。やっぱり、私は――
「優羽、駅まで、一緒に行こう」
「……いや、いいよ。そこまでしなくて。待たせた上に泣かせたりして、そこから送り迎えなんて。めっちゃ申し訳ないよ」
「…… 私ね、あなたともっと――離れ離れになるまで、話していたいから。だから、ドーナツでも食べながら、ね?」
「まったく。美散は寂しがり屋だなぁ、もう」
「何から話そっか?」
「……これからの将来……仕事の話なんてどう?」
「……そういうのは後回し」
「うーん……なら、この虹の先には何があるのか、とか?」
高層ビル群の上、虹の描かれた方角。駅とは真逆の方角を、優羽は指さした。
「――このまま進んでいい? 行けるところまで」
「行けないとわかる、そんなところまで、でしょ?長引きそうだけど、その分面白そう」
「よし。じゃあ、『いっせーのーで』、で始めよう」
現実から逃げている私と、夢から抜け出した優羽。願わなくとも雨は降って、願ってしまうと、時々晴れる。そんな単純な世界で、心はいつまでもすれ違っていく。きっと生まれ変わることなんてない。だけど今だけは、隣り合わせ。
虹の向こう側を目指して、そっと足音を立てて歩き出す。片割れたドーナツと昨日までの足跡を、ずっと心から離さないように。
雨上がり、虹を架けるドーナツ 見春 @wjpmwpdj
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