刻み続けるビートのように
多賀 夢(元・みきてぃ)
すべての頑張る人々へ。
いつも思っていた。私はどうして『欠陥品』なのだろうと。
誰よりも手足が重い。
誰よりも動きが遅い。
やつれきって力も弱い。
歯を食いしばり足りないのか、しっかり踏ん張っていないのか、栄養が足りないまま育ったのか運動が足りない子供だったのか。
どこにも異常はないと言われ、頑張らないお前が悪いと怒られ、鍛えない君が悪いと叱られ、頭を使えと怒鳴られて。
親からも祖父母からも、名前ではなく『欠陥品』と呼ばれて育った。自分でもその通りだと諦めながら、ずっと納得はいかなかった。毎晩布団の中で枕に顔を押し当てて、絶叫を殺して泣いていた。
社会人一年目、生まれて初めて一人で行った病院で、私はうつ病と診断された。『欠陥』の原因が、実は病気だったことも知らされた。
だけど、それを周囲が理解してくれることはなかった。私は辛さを飲み込んで、『欠陥品』のまま生きてきた。
……なんで、こんな所にいるんだろ。
なぜかできた彼氏に連れられて、私はライブハウスにいた。
彼氏が私に何か言う。よく聞こえない部分を口から読み取り、私は曖昧に笑ってみせた。ところが読みがズレていたようで、彼氏が苦い顔をする。
ああまただ、と、私は嘘の笑顔の下で奥歯を噛んだ。
私は、気合いを入れないと言葉が理解できない。それも含めて怒られるのが辛いので、私はなんでも誤魔化す癖がついてしまった。だけど小手先の演技はすぐバレて、今のように責める目線がのしかかる。
なんで、私だけ。
知らないバンドが英語の歌を歌う中、いつものようにぼんやりと考える。最前列では楽しそうな人々が飛び跳ね、拳を突き上げて声を挙げている。ハメを外しすぎている気もするが、あれが普通の人の反応なんだろうか。
「おい、次は前行くぞ」
演奏が途切れたのもあって、彼氏の言葉がちゃんと聞こえた。
「え、でも」
私みたいな人間は後ろで、と言いかけて私は言葉を飲み込んだ。
「――うん」
私は彼氏に背中を押されて、一番前に移動した。ノリまくっている人の波にぶつかりながら、一番前のポールを掴む。後ろで聴くより、音が内臓にまで響く。
顔を挙げると、すぐ目の前でギターボーカルの人が演奏している。いかにも青春しているといった笑顔だ。ぶっちゃけ眩しすぎる。
音に合わせて体を揺らしながらも、私は下を向いた。やすやすと笑う人は嫌いだ、大抵が私と対極の人間だから。
それよりも気になる音がある、私の胃を腸を揺らし続ける強い音。狂いのない打音の連続。
ドラムの音。ライブだとこんなに迫力が違うのか。
再び顔を挙げて、ドラムセットの方を見た。私はそこで、視線が釘付けになった。
叩いている人が、見るからに疲れ切っていた。確かに激しい曲が続いている、多分他の楽器よりもエネルギー消費は激しい。もうボロボロになっていて不思議じゃない。
でも感動したのはそこではなくて、それでも絶対に音を外さない事だった。険しい顔で耐えながらも、リズムが遅れることもなく、叩く音が小さくなる事もない。歯を食いしばって、もっと、もっとと理想を求めるように叩き続けている。バンドを支えるために叩いている。戦うように奏で続ける。
――すごい。
私は、その様子を自分と重ねていた。
私も今までの人生、人並みになろうと頑張ってきた。病気であることを認めてもらえないまま、助けもない状態で必死に生きてきた。だけどそれは何かを求めての事じゃない。ただ無難に、怒られないように、それだけのためだけに無駄な足掻きを積み重ねただけ。
自分も、こんな風に生きられたら。
好きな事のために、誰かのために生きられたら。
気がついたら泣いていた。恥ずかしいと思ったけれど、隣の見知らぬお姉さんも泣いていた。向こうも私に気づいたようで、二人して照れくさそうに笑いながら音楽にノった。
普通の人も泣くのか――と思って、直ぐに打ち消した。こんなのに普通も普通じゃないもない。きっと、何かに気づかされたことが大事なんだ。
刻み続けるビートのように 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki
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