12
久しぶりに夢を見た。
※
「最近、とても良いことがあったんだ」
「ふーん」
「ってちょっと、興味ないの!」
違う。君の前で素直に感情を出すのが恥ずかしいだけだ。
「あるある。何があったの」
「もー。おほん、なんとですね、新しい友達ができました!」
「・・・・・・まさか、高校生になって友達ができたとはしゃぐ人がいるとは思っていなかったよ」
「良いでしょ、めでたいことなんだから!」
「まあそうかもね。この学校の人?」
「ううん。違うよ、西校の子。運命の出会いは、なんと公園なんだよね」
「公園・・・・・・公園?」
「なにその疑ってる顔。ほんとなんだってー!」
「いや、信じるけどさあ」
「けど、なにさ」
「またぐいぐい話しかけたんじゃないの。僕のときみたいに。初対面なのに、あんな緊張に包まれた教室で・・・・・・」
「またその話! 全く失礼な! 節操ないみたいに言わないでよ!」
「ごめんごめん」
初めは戸惑う。
その眩しさに。
けれど、きっと、いつの日か。
みんな出会いに感謝する。
僕が、そうであるように。
「あ、ちなみに女の子だから。安心して?」
「安心? なんで?」
「いやあ、嫉妬するかなと思ってさ」
「しないよ。僕に不安があるとすれば、君がほいほい声をかけるうち、悪い人に連れていかれないかってことだけ」
「心配してくれるの? あれ、でもさ、それってっやぱり嫉妬なんじゃない?」
「なんでそうなるのかわからないよ」
本当は少しだけほっとしていた。
「もー、素直じゃないんだから。でさ、その子なんだけどねえ、とってもかわいいんだ」
「かわいいから声かけたとか言わないよね」
「え・・・・・・・えっと、それでね、肌も透き通るみたいに真っ白で」
「なんだよ、今の間は」
「まあまあ。でさ、一人で公園で本を読んでるみたいな、どこかミステリアスって感じで」
「とりあえず、まだそんなに仲良くなれていないことはわかった」
「これからなるんだもーん。明日も会うもんね」
「そう。ま、応援してるよ」
僕の応援なんて、必要ないだろうけど。
「うん、ありがと。仲良くなったら樹にも紹介するよ」
「え、いや、僕はいいよ」
「なんでー、いいじゃん。なんとなくだけど、合う気がするんだ」
「うーん。まあ風香のなんとなくは、結構当たるんだけどさ」
「でしょお? だから、いつかきっとね」
「はいはい」
※
久しぶりに交換日記を開いた。
※
交換日記にも、だいぶ慣れてきたよ!
風香のおかげだね。
正直、毎日のエピソードなんて思いつくわけないと思ってたんだけど、意外と書けている自分に驚きます。風香との思い出を改めて書いている場合が多いんだけど、そこはご愛敬。
と、順調な感じをアピールしたんだけどね、今日は本当に何も書くことを決めてません。
だから、少し恥ずかしいんだけど、改めて感謝をのべさせてもらおうと思います。
でも一つ注意!
これを読んで次に会うときにやにやしたり、いじってくるのは禁止!
守れる良い子だけ、続きを読んでください。
風香、本当にありがとう。私みたいな、何のとりえもなくて、人ともろくにかかわったことのない、変な奴と友達になってくれて。
あの日、初めて君と会った時、最初はなんだこの人、絶対やばい人だと思ってました(ごめんね)。でも、何度も話して君の優しさとか、明るさに触れるうちに、君と出会ったことを感謝するようになりました。
月並みな言葉しか、言えないんだけど。
でも、月並みな言葉を言えるようになったのも、君のおかげです。
私が今こうしていられるのは、生きていられるのは、君のおかげ。ちょっと重いかもだけど、今更だよね。ご愛敬ということで。
君がわたしの小さなラッキーに、目を輝かせて喜んでくれる時、小さな不運に、怒ってくれる時。
私の境遇に、涙を流してくれた時。
いろんな素敵な君を知って、どんどん好きになっていきました。
ありがとう。
あの日、わたしに話しかけてくれて。
これからもずっと、友達として、一緒にいてください。
※
その日、大学で再会するなり、白木さんは凛を思い切り抱きしめた。前にも見たことのある光景だった気がした。そしてしきりに、顔色の悪さや痩せたことを心配していた。
流石に大袈裟かなと、申し訳なさそうに、また照れくさそうにする白木さんだったけれど、それが決して大袈裟なんかじゃないことを、いずれ凛の口から伝える日が来るのかもしれない。
講義を受けた後、三人で喫茶店に行った。理恵子さんは鼻声で一人、奮闘していた。なんでも真さんは風邪がうつってしまい、寝込んでいるらしかった。
そうした周囲との関わりの中で、ぎこちなく控えめにも、嬉しそうに人と関わる凛がそこにはいた。
僕もまた徐々に日常へと戻っていった。講義を受けたり、日向とカラオケに行ったり、突然遊びに来た筒井達に付き合わされたりと、充実した日々を過ごした。一見ただ元に戻ったように見えるけれど、僕の内には虚構ではない、確かな現実を歩んでいるのだという実感があった。
でもだからこそ、どうしても風香のことを考えてしまう時があった。
もし、ここに風香もいてくれたら。
なんども、そう思った。
すべてを受け入れてしまって本当に傷ついて、とても苦しかった。
泣いてしまう時もあった。
そんな時、僕は決まって凛と会うことにした。
少し赤くなった目元に僕は気が付いて、彼女もおそらく気が付いて。僕たちは手を取り合って、風香との思い出話をした。そして必ず未来の話もした。例えば、成人式のこと、就職のこと。今度一緒に、風香の墓参りに行くこと。
それらがまた、僕たちに前を向かせてくれた。
間違っていた僕たちは、風香のおかげで出会えたのに、二人でいる間、ほとんど風香の話をしなくなっていった。
その理由の最たるものは、僕の場合、偽りの世界が侵されないようにするためだった。
凛はその理由を嫉妬だと答えた。
とても人間らしい答えだった。
僕たちは自らが生んでしまった隙間を埋めるように、何度も何度も、風香の名前を口にして、一緒に笑って、泣いた。
※
ある日、僕と凛は約束した通りに散歩をしていた。いつも通り、あてもなくふらふらとしていた。
晴天が続いたこともあって、道はつるつるで、とても滑りやすくなっていた。転ばないようにと僕と凛は手を繋いでいた。相変わらず力がなくて心配になるけど、以前よりもずっと柔らかな温かみがあった。
時刻は午後一時。
空高く太陽が昇っていた。
「少し、思っていたことがあるんだけど」
僕は凛の横顔を見ながら言った。
「ん? なに?」
「僕と君は似ているんじゃないかって」
「え? 顔?」
凛はそんな冗談を言う。
「違うよ。目ついてる?」
「ひどい、そこまで言う?」
「ごめん、つい」
「許したげる。それで、何が似てると思うの?」
「いや、言葉にするのはとても難しいんだけど。ただ漠然と、僕たちは同じものを求めているというか、根本が同じよう、というか」
「・・・・・・私も、わかるかもしれない」
凛は手をぱっと離し、数歩先に進んだ。そして立ち止まって、こちらを振り返った。
僕もなんとなく足を止め、向かい合った。
「事実私たちは二人とも、風香によって生かされていたから、じゃないかな」
彼女の言葉はすっと、まるでそのための道が設けられていたようにすんなりと僕の心に入って、溶けていった。
僕はきっと凛にそう言って欲しかったんだと思った。
「互いに深い悲しみに暮れて、わたしも樹も間違えたけれど。嘘ばかりでも生きてこられたのは、ずっと風香のおかげ」
「・・・・・・・そう、だね」
「でも、間違いに気が付いた今でも、私たちの中から風香が消えることはない」
「うん」
「一生消えることのない傷は負ったけれど、でも、絶対に一生無くなることのない素敵な風香との記憶を、風香への思いをそれぞれ持ってる」
凛は近づいてきて、また僕の手を握った。
とても、暖かかった。
「樹の手、あったかいね」
「凛もね」
そうか。
このぬくもりが、僕たちを生かしているのか。
「樹、ありがとう。私と出会ってくれて」
凛はにっこりと笑った。
ほんのりと、懐かしい風の香りがした。
「僕のほうこそ。ありがとう、凛」
生者が死者にできることは、想うことだけなんだろう。
悲しみ、哀れみ、絶望する。
傷つき、立ち止まる。
でもやがて、やっとの思いで立ち上がる。
そして偲んで、弔い、手向ける。
記憶を抱き、思い出し、そしてまた想う。
僕たちの罪は、そこから逃げたこと。
僕たちは、正しく想うことができなかった。
そうすることだけが、僕たちが風香にできる唯一のことだったのに。
でも、もう僕も凛も逃げたりしないだろう。
だって、またこうして、想い出せたから。
これからも、僕たちは、生きていく。
寄り添ってくれる光を大切にして。
温もりを、与えあって。
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