君の影を追いかけながら
凪
君の影を追いかけながら
大学二年の夏。
外に出掛けてた俺は突然の通り雨に降られ、屋根のある場所に逃げ込んで雨宿りをしていた。
さっきまでカラッと晴れて、照りつける太陽がジリジリと肌を焼き熱かったというのに、あっという間に空模様が変わり雨が落ち始めたのだった。
濡れてしまったTシャツが体に張り付いて気持ちが悪い。
スマートフォンを取り出し天気アプリを起動してみる。あと少し待てばこのザーザー雨が嘘だったかのように再び太陽が姿を見せるらしい。
ああ、そういえばあの日もちょうどこんな天気だったっけ。
もう戻れないあの頃の記憶。
雨が止むまでのしばらくの間、昔を思い出すことにした―――
高校二年の春。
幼稚園からの幼なじみであり親友の翔太がバイクを買った。
小さい時からバイクが大好きで、ずっと乗るのに憧れていたらしい。
高校に入ってから始めたバイトの給料をコツコツ貯めて教習所に通い免許を取り、中古のバイクを買ったそうだ。
カワサキのNinja250というバイク。
俺はあまり詳しくないのでよく分からないが、スーパースポーツとかいう速いタイプのバイクらしい。
家に遊びに行った時に実物を見せてもらった。
確かに、メカメカしくていかにも速そうな見た目のカッコいいバイクだった。
「お前も免許取れよ。一緒にツーリング行こうぜ」
翔太が言う。
正直バイクにはあまり興味ないけど、翔太と一緒に走るのは楽しそうだ。
ただ問題は、免許を取ろうにもバイクを買おうにも、金がないということだ。
俺はバイトをしていなかった。親に禁止されていたから。
高校生は学業が本分であり、バイトをするくらいなら塾に通えということらしい。
「じゃあさ、原付免許を取れば?教習所に通わなくても学科試験に受かればすぐに取れるよ」
そう言われ調べてみたら、確かに一万円以下で免許が取れるようだ。
これなら小遣いで何とかなる。
しかも母が買い物に使ってる原付が家にあるから、走りたい時はそれを借りればいい。我が家が加入してる保険は母以外の家族が運転する場合も有効らしく、走れる条件は全て揃っている。なんて安上がりなんだ。
早速本屋に行き、受験対策のテキストを買った。
必死にテキストをやり込み、無事に原付免許を手に入れた。
ただ、なかなか一緒にツーリングに行くことはできなかった。
実は原付の免許を取ることを親に言い出せないままずっと隠していたのだ。事前に相談したらきっと反対されるから。
免許交付に必要な住民票は、学校で必要などと嘘をつき何とか手に入れてもらったが。
いつ親に免許のことを打ち明けるか、そして原付を借りる許可を得るか。毎日タイミングを伺っていた。
しかし梅雨時期のある日のこと。
通学カバンが開いたままなのに気付かずひょいと持ち上げた時に中身が飛び出し、ノート、教科書、財布、小銭、そして免許証が床に散乱した。運が悪いことにその場に両親が居合わせ、あっけなく免許のことがバレてしまった。
「こんなものを許した覚えはない」
「勝手になんてことをしてるんだ」
「まだ若いのに事故で大怪我をしたらどうするんだ」
案の定だ。
今にして思えば親としては真っ当なことを言ってるだけなのだが、何せ当時俺はまだ高校生だ。
隠してたことがバレた気まずさや好きにさせてくれない苛立ちなどが重なり、家を飛び出してしまった。
ポケットにはとっさに床から拾い上げた免許証、手には母の原付の鍵とヘルメット。
外に出ると、雨が降っているところだった。
家の前に停めてある原付に跨り、エンジンをかけて走り出した。
雨が頬を打つ。服がどんどん濡れていく。
翔太はぽかんとして俺の事を見ていた。
チャイムが鳴って玄関を開けたところに、何の連絡もなくびしょ濡れの俺がいたんだから無理のないことだ。
翔太は家に上げてくれて、俺にタオルと着替えを貸してくれた。
何があったのか説明すると
「免許のこと内緒だったんかよ!やばっ!マジか!」
と言い翔太は笑った。
「そうか、親とケンカかぁ」
ケンカというか勝手に家を飛び出してきただけだけど。
「ならしばらく帰りたくねーよなぁ」
そりゃそうだ。
「じゃあさ、ちょっとツーリング行かねぇ?家出ツーリング」
そう言って翔太はニッと笑った。
外に出ると、さっきの雨はもう上がっていた。
水たまりに青い空が反射して映っている。
翔太がNinja250を押してやって来た。
エンジンをかけると、原付とは全く違う迫力のサウンドが鳴り響いた。
颯爽と走り出した翔太の後に続いて、俺もまだ慣れない原付でたどたどしく発進した。
初めての翔太とのツーリング。
どこに向かっているんだろう。
時刻は十六時を過ぎた頃。太陽が西に少し傾き始めている。
その太陽に向かって、ただ走る。
日差しが眩しい。目を細める。
原付で必死に、翔太の後ろをただ走る。
翔太はこっちのペースに合わせてゆっくり走ってくれているのだろうが、ちょっとでも加速されると全くついていけない。パワーの差を感じずにはいられない。
Ninja250はギュイインと、俺の原付はビビビビと音を立てながら走る。
太陽に照らされて翔太とバイクの影が長くこちらに伸びている。
俺はその影を追いかけて、走り続ける。
きっと目的地なんてない。
ただ、二人でこうして一緒に走ってるだけで楽しい。
それだけで良かった。
翔太が片手をハンドルから離し、しきりに前を指さしていた。
何だろうと視線を上げると、向かう先の空には大きな虹のアーチが掛かっていた。
俺達はそのまま虹の中を目掛けて走り続けた。
一時間ほど走ったところでコンビニの駐車場に入った。
せいぜい隣の市に来た程度の距離しか走っていないが、自分の運転でここまで来れたことに妙な達成感を覚えていた。
翔太がスポーツドリンクを奢ってくれた。
「ジメジメしてて、走っててもあちーな!」
「さっきの虹見た?ヤバかったなー」
駐車場の隅に座り込み、そんな他愛のない話をしながら水分補給をした。
「どう?ツーリング楽しい?」
翔太が尋ねた。めちゃくちゃ楽しくてまだ帰りたくないと答えた。
「そりゃ良かったわ」
翔太はそう笑い、続けて
「すぐには無理かもしれないけど、いつか免許取ってバイク買えたら改めて一緒にツーリング行こうや」と言った。
絶対行こう。そう約束した。
そしてその約束は叶わなくなってしまった。
あの家出ツーリングの二ヶ月後。
一人でバイクに乗って出掛けていた翔太は、山道のカーブをはみ出してきた対向車と正面衝突して帰らぬ人となってしまったのだ。
―――ここで意識が現在に戻ってきた。
翔太がいなくなってから、三度目の夏。
そう、あの日もちょうどこんな天気だった。
一緒にいれば何でも楽しかった。
ずっとこの関係が続くと思っていた日々。
もしも翔太が今もいてくれたら。
考えても仕方ないことだと分かっていても、ふとした時に思い出してしまう。
気付けばいつの間にか雨は上がっていた。
あの日と同じような通り雨。
あの日と同じように水たまりに映った青い空。
あの日と違うのは、俺だけちょっと歳を取ったことと、俺が原付ではなくNinja250に跨っていること。
バイクについた水滴が太陽に照らされキラキラと輝く。
雨宿りは終わりだ。
エンジンをかけるとあの日と同じサウンドが響く。
俺はサイドスタンドを払い、ギアを入れて走り出した。
眼前の空にはあの日と同じように、虹がアーチ状に掛かっていた。
太陽の光が眩しい。少し目を細める。
狭くなった視界の中で、ふと目の前に、バイクに乗って走る翔太の後ろ姿が見えたような気がした。手を伸ばせばすぐ届きそうな距離まで伸びる、長い長い影。
はっとして目を見開く。
そこには何もいない。ただアスファルト舗装された真っ直ぐな道路が続くだけ。
ヘルメットの中でつい口元が緩む。
多分俺が走る時、俺のすぐ目の前にはいつだって翔太がいるんだろう。たとえ目には見えなくても。
だから俺はこれからも走り続ける。
いつまでも走り続ける。
君の影を追いかけながら。
虹に向かって、いつもより大きくスロットルを開けた。
君の影を追いかけながら 凪 @NagiNovel
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