第4話 ミズノは、ヤバい負けヒロインである。
僕は、招き入れたい負けヒロインに会うため、赤井神奈央子に詠唱魔法を笑われながら、無事にとある小説の世界に入った。
「むやみやたらに歩かないことを勧める。一歩横にでも動いたら、地雷で脚が無くなるだろう」
「そんな場所に、か弱い乙女に連れてくるなっ!!」
「静かに。奴らに気づかれる」
僕は、彼女を黙らせてから、ボロボロに崩れた廃墟の壁に隠れて、周りの状況を確認していると、目線の先には、血と涙を流す女がいた。
「神様。どういう状況なんですか?」
赤井神奈央子をメインヒロインにするため、今回、僕たちは校外学習という名で、別の小説の世界に来ている。もちろん、赤井神奈央子がいた平穏な世界ではなく、殺伐とした世界での、負けヒロインがいる本の中だ。
「この世界では、ゾンビで溢れかえっている。残された人類とゾンビとの攻防戦を描いた物語だ」
「あー。ここは、神様が信仰されてる世界なんですね」
「全くの別物だ。僕がゾンビ扱いされているのは、SNSでの話だ」
そう話した後、再び女の様子を見る。
「あの子を……守ってあげてね……」
今の状況は、今回のターゲットの負けヒロインが、負傷した主人公の男とメインヒロインをゾンビから逃がすために囮になって、壊れかけの銃で立ち向かおうとしている所だった。
「……あ……もう弾切れだ」
数体のゾンビを銃弾で撃ち抜いたが、すぐに弾切れを起こし、攻撃手段が無くなる。女の周りは、多くのゾンビが集まり始め、じりじりと近づいていた。
「……ちゃんと好きって言えたし……昨日はたくさんお話しできた……けどフラれちゃったけど……悔いはない……むしろ清々しい気分。……私、毎日が楽しかった」
涙はすっかり枯れたのか、天を仰ぎ、そして銃を落とし、無防備でゾンビに噛まれようとしていた。
「君は、あの子と仲良くできそうか?」
「そんなの、話してもいないのに、分かるはずないでしょ」
「合格だ」
そう言って、僕は瞬間移動し、ゾンビに襲われそうになっている女の前に立った。
「第1の術、何かいい感じの火力」
「技名ぐらい、考えておきなさいよっ! ステーキの注文じゃないんだからっ!」
赤井神奈央子のツッコミが入ったが、僕はキメた顔のまま、無数のゾンビを高温の青い炎で燃やし、肉も骨も残らないぐらい、手加減無しで、彼女を守った。
「さて。君に問おう。僕はヒーローに見えるか? それとも死を妨害した、邪魔者だと思うか?」
「い、いいえ……。た、助けてくださって、ありがとうございます……」
彼女は、ぺこりと頭を深々と下げた。
2人目の負けヒロイン。名は『ミズノ』
年齢は15歳で、高校1年生。重力に逆らうびょこんと跳ねたアホ毛、そして赤井神奈央子のストレートな髪質とは違う、ふわっとした感じのボブヘア。透き通る海のような、綺麗な水色の髪色と瞳。常にびくびくしていて臆病、九卯祖弥郎が好みそうな、小動物的な感じの巨乳の美少女は、僕が救いたいと思った、負けヒロインの一人だ。
この世界は、突如発生した、ゾンビになるウィルスで、世界はパンデミック。空気感染はしないが、噛まれると、ゾンビになる世界。勉強合宿で訪れていた京都で被災し、薬があると噂の、東京に向かうため、ミズノたちのクラスメイトは、ゾンビと戦いながら、サバイバル生活を送っていた。しかし徐々にクラスメイトはゾンビになっていき、東京の多摩川を越える前の時点で、主人公とメインヒロインのクロコ、そしてミズノだけが生き残っていた。
「よくやった。君の頑張りで、二人は生き延びることが出来た」
「そ、それは良かったです……」
「君が体を張って救った2人の命。事の結末が気になるか? そうだ、彼女にも聞いてもらおうか」
ミズノは頷いたので、僕は赤井神奈央子を連れてきてから、彼女にとっては、残酷な結末を伝えた。
「目的地の東京に着いた二人は、ゾンビ化を打ち消す薬を探すのを放棄して、老いて死ぬまで、高い電波塔の展望デッキで、イチャイチャし、子供を作って、幸せに暮らしたそうだ。めでたしめでたし」
「めでたくないわよっ!」
赤井神奈央子はツッコんでいた。
「は、はは……。そ、それは良かったです……はは……」
彼女は、後悔するように地面に座り込んで、魂が抜けかけていた。
これ以上は、規約に引っかかるので言えないが、この世界の小説は、全部で18巻あり、今は何と1巻の中盤の話だ。残りの話は、主人公の男とメインヒロインのイチャイチャ新婚生活を書いてあり、展望デッキで楽園を作り、スローライフを送り、多くの子供見守られながら、話が終わるという、色々ツッコミがある物語だ。
「神様。この子、あたしよりかわいそうじゃない? 1巻だけの使い捨てのモブキャラなんて――」
赤井神奈央子は、自分よりも扱いがひどいキャラを見て、何か勝った気でいるようだ。
「少し違う。君より出番が多い。回想で出てきたり、最終巻では、ゾンビになった姿で出てくる」
「ええっ!? わ、私……やっぱりゾンビにされるんですか……」
それは、僕が助けなかったらの話だ。
「彼女は、君のように嫌われていたわけではない。主人公の男は、メインヒロインの女と君に恋心を抱いていた。しかし、先にメインヒロインが告白し、付き合うことになり、それを知った君は、両想いの主人公たちの幸せを優先、恋路を応援することして、自分は脱落したってわけだ」
「……切ないわね」
さすがにミズノに同情したのか、赤井神奈央子は、何も言わず、そっと彼女の背中を撫でていた。
「ミズノ。君はどうしたい? 君に足りないのは、勇気。もしまだあの男に好意があるなら、先に告白できるよう、僕が特訓してあげようと思う」
「……それは出来ません。……だって、二人で話している時、とっても楽しそうなんです。……二人の恋路を邪魔するようなこと――」
「心して聞いてほしい。メインヒロインのクロコは、君に奪われたくないから、君がいない時間を見計らって、男に告白した」
そう言うと、彼女はピタリと動きが止まった。
「そもそも、みんなをゾンビにしたのは、彼女だ。元々あの男が好きで、独り占めしたかった彼女は、邪魔なクラスメイトを消していく計画を立てて、そして今回で、彼女の計画は成功した」
「胸糞悪い話ね。そんな話でも、メディア化されてるんでしょ?」
「コミック、アニメ。そして何故か実写映画も成功している、類い稀になるケースで、『ゾンビだらけの世界で、黒髪ロング貧乳美少女と幸せに暮らしてやる』って小説は、大成功した」
この世界の小説の名は、パンデミックの話かと思えば、ただの二人でイチャイチャする話。特にメインヒロインの黒髪美少女、そして貧乳好きな男性には大絶賛され、『巨乳は悪』と言う風潮が、しばらく出来てしまった。
「な、何なんですか……っ! そ、そんなの、納得出来るはずがないじゃないですか……っ!」
「そー思うなら、あたしと一緒に、この神様の話を聞いてみたら? こんなゾンビだらけの、いつも気の休まらない、命の危険に晒された世界にいても、疲れるだけよ」
彼女なりのフォローなのか、赤井神奈央子は、ミズノを勧誘していた。
「神様なんですよね……? 私……このまま……あのクロコちゃんを許すことは出来ないです……是非……こんな惨めな私を……特訓してください……」
「合格だ」
そして僕は、彼女を2人目の生徒として、特訓することにした。
「今日から編入生が入って来た。まずは、自己紹介をしてもらおうか」
僕の教室に招いた後、怪我を治し、服もボロボロだったので、僕が用意してある制服を支給し、シャワーを浴びさせた後、真新しい制服を身にまとった彼女に、教壇に立たせ、自己紹介をさせた。
「初めまして……私はミズノって、名前ですよ~」
「どーも。あたしは赤井神奈央子。巨乳好きのスケベ幼なじみの目を覚まさせるために、ここにいるわ」
互いに紹介した後、続けて僕も名乗った。
「僕は、エックス。これから、君をメインヒロインにするように――」
「こんな私をメインヒロインにとか……そう言うのはいいです……。神様~、クロコちゃんを惨殺(こらしめる)ための作戦……あの人とくっつけないよう、クロコちゃんの計画をぶっ壊したいんですよ~」
「なるほど。復讐劇か。そういうのも悪くはないだろう」
僕は、あくまでも負けヒロインをメインヒロインにするのが目的だ。だが、彼女はメインヒロインになって、意中の男に好かれるより、メインヒロインの女にぎゃふんと言わせたいようだ。
「それで、どうやったらクロコちゃんを殺せますか?」
「不味いな。すでにメンヘラ化が進行してしまっている」
ニコニコしながら、ミズノはメインヒロインを殺すことしか考えていなかった。このままでは、授業料免除、入学祝のニーソが渡せないし、赤井神奈央子の巨乳耐性が付かないだろう。
「あの、話の腰を折るようで悪いんだけど、ミズノって、下の名前なの? あたし、下の名前で呼び合うほど、仲良い人がいなかったから、一応苗字を教えてほしいわね」
「……苗字……私の苗字って何ですか?」
ミズノの答えに、赤井神奈央子は、椅子から転げ落ちていた。
「苗字を考えていない作者もいる。その例が彼女だ」
「……苗字ぐらい考えておきなさいよ。……昔の日本かって」
赤井神奈央子が、そうツッコんだので、僕は苗字がないことを危惧し、さっきからブツブツと呟いている彼女に尋ねた。
「希望はあるか?」
「決めちゃっていいんですか~? それなら、クロコゴロシでも良いですか~?」
ミズノは、若干中二も拗らせているようだ。
「あんた、本当にそれでいいの? これからそんな頓珍漢な名前で呼ばれるのよ?」
「良いじゃないですか~。クロコゴロシミズノ……。あは……っ! すっごくゾクゾクします~!」
酒で笑い上戸になっているように、ミズノは大爆笑する。そして赤井神奈央子は、顔を引きつかせ、彼女と目を合わせないように、天井を見つめていた。
「それでは、名前も決まったことだから、僕からの入学祝だ」
「何ですか~?」
入学祝兼、学費免除になる、黒のニーソックスを彼女に渡す。
「あぁ……早速教えてくれたんですねぇ……」
「メインヒロインになるためには、絶対領域で――」
「これで、クロコちゃんを絞殺しろって事ですねぇ~」
違う。決して武器を供給したわけではない。
「神様。この子、この教室にいるより、元の世界に戻してあげた方が、生き生きするんじゃない? 今なら、ゾンビだろうが熊でも倒せそうなんだけど」
「それは危険だ。ゾンビより凶悪化する可能性がある」
メインヒロインだけではなく、主人公の男までも殺してしまうだろう。
「復讐も悪くないだろうが、君をここに招いたのは、好きな男を振り向かせるためだ」
「えぇ……ちゃ~んと分かっていますよ~。それをするためにも、まずは惨たらしくクロコちゃんを消す方法を考えているんじゃないですか~」
本当に覚えているのかと思い、僕は黙って彼女の心を読んでみる。
『殺す殺す殺す許さない許さない許さない殺す殺す殺す許さない許さない許さない』
胸やけしそうなぐらい、ミズノの心は真っ黒で、メインヒロインを妬ましく、相当恨んでいるようだ。この状態では、到底男を振り向かせようとは思わないだろう。メインヒロインのクロコを殺すのは不味いので、別の方法で鬱憤を晴らすことを、考えないといけない。
「クロコゴロシミズノ。とりあえず、入学祝の物は身につけなさい。神様が怒るわよ」
先輩風を吹かして、赤井神奈央子は、ミズノにそう言うと、ミズノは体をぶるっと震わせた。
「怒る……つまり、どうやってクロコちゃんを惨殺(おしおき)出来るかぁ……教えてくれるんですねぇ~。神様~お手本を見せてくださぁい~」
ミズノは、元の世界より生き生きしている。暗闇の中で、包丁を持って棒立ち。そして全身には、返り血が似合う、そんな負けヒロインが、メインヒロインになれるのか。僕は少し不安になってしまった。
ラノベ主人公、メインヒロインをぶっ飛ばず、負けヒロインの話。 錦織一也 @kazuyank
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