300円のエクスプロージョン(2)
爆破予告がされたのはつい2日前のことらしい。
大学宛に2時35分に理工学部棟を爆破するというメールが送られてきたのだ。
奇しくも京太郎が日頃勉学に励んでいる学部棟である。
昨日と今日にかけて大学構内ではいっさいの立ち入りを禁止し、警察と協力しながら爆弾の捜索が行われていた。
京太郎は先ほど大学の前を通ってやってきた。
職員らしき人物がまだうろついており、パトカーが駐車されているのも目撃した。
大学を中心としたこの町にどこか漂う緊迫した空気感と、それらしい登場人物たちの活躍が、京太郎に言い知れぬ「現実感」を与えていたのだ。
爆発の瞬間を、すぐ近くで体験したい!
京太郎は、爆弾が仕掛けられているというのに、緊張感を漂わせながらも、別段普段と変わらない動きを見せる、この町の生ぬるさにこの時ばかりは感謝した。
溜まった洗いたての洗濯物(大量)を処理したい。
爆発を生で見てみたい。
なんの規制もされていないからこそ、大学近くの、しかもコインランドリーという特等席で、いままさに京太郎の宿願は1度に2つも成就されようとしている。
爆弾の恩恵はしかもそれだけではなかった。
爆弾はなんと「期末テスト」という極悪非道のイベントを「吹っ飛ばした」のだ。
正直、今日このまま試験を受けていれば京太郎に明日はなかっただろう。
この‥…今日行われるテストの単位を落としてしまうと、京太郎は来年もう一度三回生をやるかもしれないという瀬戸際に立たされていたのだった。
しかし爆破予告に伴う構内一斉点検で、全ての対面で行われる期末試験は中止。
進級がかかった京太郎の授業もレポートの提出という代替案が打ち出されていた。
そうなれば京太郎の未来は明るい。
爆弾が、暗黒極まる学生の明日を見事に明るく照らしたのだった。
「まぁ……学食の北海道フェアのスイーツが食べられなかったのはちょっと残念だけどね」
口に出すと、試験を戦い抜いたご褒美として食べようと算段していた北海道フェアが偲ばれる。
帰りに何か甘いものを買って帰ろうかと、漫画を読みながら京太郎は考えるのだった。
異能力をテーマにしたバトル漫画のページで京太郎はふとページをめくる手を止めた。
あと10分。
そう言えば、そもそも『爆弾』ってどんなのだろう。
アオイ線とアカイ線があって、どちらを切るか悩まされるもの?
口でかっこよくピンを抜いて、敵陣へ投げ入れるもの?
粘土みたいなもので柱や車にひっつけるもの?
80キロを下回るとボンッとなるやつだったか?
体温を感知してどこまでも追ってくるやつか?
異世界で少女が盛大に唱えるものか?‥‥いや、あれは魔術だな。うん。
思えば、爆弾はよく目にする。
しかし、爆弾のことはなにも分からない。知ってなどいない。
だからこそ、見てみたいのだ。確かめてみたいのだ。
京太郎の週刊誌を持つ手に自然と力が入っていく。
あと7分。
時計をもう一度見ようと顔を上げようとした時、ポケットが震えた。
見ると、メッセージアプリの通知が届いている。
「……なにがエントリーシートだくだらない。就活、就活って、僕はまだ3回生だぞ!」
京太郎は忌々しそうにスライドして通知を消した。
最近、どうも息がつまるような毎日が続いているような気がしてならない。
大学で友人と会っても、バイトで先輩と会っても、サークルで仲間たちと汗を流していても……
どこかぴったり張りついてくる「就活」の二文字。ゆっくりと、しかし着実に締め上げてくる「社会人」という拘束具。
就活は早めがいいだの、説明会だの、資格試験だの、福利厚生だの……
京太郎は辟易していた。
そんなことはどうでもいいのだ。関係ないのだ。
馬鹿真面目に受け止めて、頭の中は空っぽのクセに外面だけはいいカッコして。
意識を高めているそこいらの大学生などは羊の皮を被った野獣でしかないのだ。
京太郎がこの真理に辿り着くまでに、そう長い時間を要しなかった。
いよいよ残り5分。
京太郎はゆっくりと漫画雑誌をしまって、少し伸びをして窓の外を見やった。
なんと今、予告時間が迫ってきているというのに、また一本の路面電車がガラスの向こう側で金切り音を上げて人々を運んでいる。
電車内では老人夫婦が肩を寄せ合い、小さな少年はリュクサックを抱きかかえて母親に何かをしゃべりかけ、商社マン風の男はスマホに視線を落とし、京太郎と同じくらいの数人の女性はその顔に喜色をたたえ談笑している。
そんな彼らを見て京太郎はぞっとした。
彼らに目的地はあるのだろうか。
正確には、自分が進むべき、たどり着くべき、自分だけの目的地である。
職場や学校、商店街に、居酒屋、図書館、温かな家庭。
あるにはあるのだろう。
しかし、果たしてそれは本当に彼らが望む、行きつくべき目的地なのだろうか。
そんなことを考える自分も、いや、こんな自分こそ、本当に辿り着くべき目的地など存在しないのではなかろうか。
自分の意思とは関係なく動く何かに、ただ乗り合わせ、その何かが決めたものを自分の目的地としているのではないか。
だから京太郎は、そんなイメージが付きまとう電車に乗ることが怖かった。
ドナドナのように、誰かや何かに運ばれる羊であるような気がして怖かった。
そうこう考えているとついにラスト1分にまで迫っていた。
京太郎は目を閉じることなく、今見える全ての時計に神経を集中させる。
毛穴という毛穴が開き、心臓が脈打ち、指一本すら動かない。
つい先日、大都市のほうでも、こうした爆破騒ぎが起こっていた。
そこでは何も起こらなかったという。
ならば!と京太郎は立ち上がって、さらに窓の傍に移動し、少し遠くに見える大学の建物を凝視した。
ならば、今回はどうだ。
予定調和は破られるのか。
この何ら変わりない日常が示す通り、ばかげたイタズラでしかないのか。
それとも誰も予想していなかった展開が繰り広げられるのか。
京太郎は後者であってほしいと密かに願った。
京太郎は決して、人の命が散る「破壊」を見たいのではないのだ。
この身動きしづらい、目に見えない、何かを「破壊」したいのだ。
京太郎は決して、人の幸福を奪う「爆発」が見たいのではないのだ。
圧倒的なエネルギーで、ありふれた現実を「爆発」させたいのだ。
爆発まで残り数10秒‥‥…テンカウント。
世界から一瞬音が消えた。
その次の瞬間、つんざぐような甲高い音が室内を走る。
乾燥機が、止まった。
京太郎は2度と、お気に入りだった紺色のズボンを履けなくなってしまったのだった。
300円のエクスプロージョン ミナトマチ @kwt
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