300円のエクスプロージョン

ミナトマチ

300円のエクスプロージョン(1)

昼下がりの……といってもよく晴れた日の午後などではなくした雲が空を覆い、今にも雨がこぼれ落ちそうで、絶妙なバランスを保っていた。


室内は妙に静かで、がくるくると回る小気味良い機械音が妙に眠気を誘う。

ガラス一枚隔てた向こう側では、よく耳に響く金属音と胴に響く重音をまとって、路面電車が乗客を乗せ、中心街へと走っている。


午後2時のコインランドリーには、京太郎以外誰もいなかった。


ただただ防犯カメラの映像に、自分の青白い顔が不気味に映し出されている。


京太郎はほんの数分前に、あやうく大怪我をするところだったのだ。


京太郎の移動手段は、もっぱらバイクである。

電車が苦手で、公共交通機関を利用しない。

なおかつ、バイトでもない限り愛車が汚れるのを気にして雨の日などはバイクに乗らないことを信条としていた。


ただ、この日だけは事情が違った。


大量の洗濯物である。

今日こそなんとか天気は曇りにまで回復していたが、ここ連日の雨で、京太郎の私服のレパートリーにかなり制限がかけられていた。

もともとたくさん所有しているわけでもなく、かといって部屋干しするには京太郎の居城では貧相すぎる。


天気予報とにらめっこして、この日こそランドリーに行こうと決めていたのだ。


2月にしてはありがたいことに温かい日だった。

バイクで行くにはちょうどいい。



傍から見れば夜逃げするのかと邪推されるほど大きなスポーツタイプのボストンバックに洗濯物を詰め込んで、バイクの荷台に括り付け、京太郎は大学すぐ近くの「電車通り」に位置するコインランドリーにやって来たのだった。


その道中、事件は起こる。

車の通りが少ない電車通りを、定速で走っていた時である。

銀色にキラキラと輝く線路にバイクのタイヤが触れた瞬間。


車体が大きくぐらつき、京太郎は声も上げる間もなく、地面に叩きつけられそうになったのだ。


が、奇跡的にそうはならなかった。

地面に接触しそうになったその時、なんとバイクがひとりでに起き上がったのだ。

否、もちろんそれは京太郎の錯覚である。


バイクというのは元々、転ぶのを嫌う乗り物なのだ。

ある程度速度が出ていたり、アクセルを回すと車体は起き上がってくるようになっている。


しかし、理屈では分かっていても京太郎は、この時ばかりはそうもいっていられなかった。大きな、不思議な、怪しげな力が働いたのだと確信していた。

そんな奇跡体験を思い出しながら、京太郎は一人、コインランドリーの片隅で立ち尽くしているのである。


震えと動機が収まらない。


防犯カメラをまた何気なく見てみると、自分の顔色に先ほどより赤みが増してきていることに気づく。

BGMはなくとも、冷暖房が完備されているのが最近のランドリーである。

大きく息を吐いて、京太郎はずっと手に持っていたボストンバックを机の上においた。


「えっと……100円で10分。この量だと……30分くらいか?」


京太郎は計算は得意だが、家事をあまりやってこなかったので、いわゆるが苦手であった。


みじか過ぎるか…いや、長すぎると服が縮むとも聞くし……あれ、この服って乾燥機して大丈夫なやつだっけ?


頭をフル回転させ考えてみる。手元のスマホで調べてみる。しかし、答えは分からない。分かるがそれが正しいのかが分からない。


結局、全部押し込んで30分かけてみることにした。

縮むなら、また伸ばせばいいじゃないかと、なんとも呑気な心持ちで。


電車通りで、かつ大学付近ということはそれなりに利用する人が多いはずなのだが、今日に限っては人はおらず、数機が稼働しているだけであった。


洗濯物を押し込む前に、財布からきっちり300円取り出しておく。


「……っとそうだ。15秒クリーンしないと…」


洗濯物を入れかけて、京太郎は一度中断し、赤いボタンを押した。

15秒クリーンといって、乾燥機内の空気のリフレッシュを行う機能である。


乾燥機が空回りして、目には見えないが心なしか綺麗になったような気がする。

気を取り直して、京太郎は洗濯物を押し込んで、すぐさま小銭を投入した。



『ふんわり乾燥ヲ開始シマス。今カラ一分間ハコースの選択ガ可能デス』


乾燥機が回り出し、持ち上がった洗濯物たちが、力なく真下に垂直落下している。

しかし、徐々にそのスピードが上がっていくにつれ、京太郎のパーカーやスウェット、スポーツメーカーのロゴが入った靴下に、花柄のボクサーパンツたちは、互いに触れ合ったり、離れたりしながら綺麗な円を描いていく。


まさに洗濯物たちの饗宴。いつまでも見ていられるような気がした。

乾燥機のガラスに京太郎のうっとりした顔が映し出される。

5分近くそれを眺めていた。


「‥…いけない。僕にはやることがあるんだった」


はっとして京太郎は近くにあったパイプ椅子に腰を下ろして、ボストンバックとは別に背負っていたバックパックからおもむろに週刊の少年漫画を取り出した。

今日が発売日だったので、洗濯物を括り付けたバイクを乗りつけ、先にコンビニで買っておいたのだ。


右足を左足の上に乗せて足を組み、1ページ1ページ丁寧に読んでいく。

京太郎は全ての作品を必ず読む。必ず先頭から。そして巻末コメントはもちろん、ちょっとしたコラム読み飛ばさない。


漫画は京太郎にとって生活のすべてである。何よりも優先される。


だが、集中して読んでいながらも、どこか京太郎は……今日の京太郎はソワソワしていた。

時計ばかりが気になってしょうがない。

漫画は大事だ。この時間こそが生の時間なのだ。


しかし、それでも時計が気になってしかたがない。


ランドリーがあと何分で終わるのかが気になってしょうがない。


どうして、わざわざ大学付近のコインランドリーまで……下宿から少々離れたコインランドリーにまでやってきたのか。



「‥‥…ッッ………ふぅぅ―――あと、15分…待ちきれない‥…」


背筋がゾクゾクして、また鼓動が早くなってくる。



あと、15分。つまり、ランドリーが「ピーッ」と大騒ぎして終わりを迎えるその時。


ここからおよそ数百メートル離れた京太郎の大学は、爆破されるのだ。














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